2018年2月26日月曜日

連載「日米両国のアカデミアでの就職体験談」(後):再びアメリカへ

大学院留学後の進路として多くの方が一度は考えるアカデミアでの就職。前回は日米両国のアカデミアでの就職経験をもつ石井聡さんに、アメリカでの博士号取得後~日本のアカデミアでの就職までの経緯について綴って頂きました。後半の今回は、再び渡米されることになった経緯についてご紹介いただきます。


北海道大学の助教として自由に研究できる環境にいた私ですが、ミネソタ大学でのAssistant Professorの公募を目にしてから、再びアメリカのアカデミアを目指すことにしました。それにはさまざまな理由があります。1つ目の理由は、募集要項と私の研究経歴がマッチしたことです。ミネソタ大学で農業由来の汚染を微生物&工学的アプローチ解決できる人を募集するとあったので、農学・微生物学・工学を学んできた私の経歴にぴったりだと思い応募しました。 

2つ目の理由は、新たな研究分野を開拓したかったことです。これは北大のポジションに応募したときもそうでしたが、自分をさらに成長させられる環境に身をおきたかったという理由です。さまざまな分野の研究者と共同研究を行うことによって自分自身の研究の幅をさらに広げたいという思いもありました。 

3つ目の理由として、アメリカは日本よりも研究費が潤沢というイメージもあったからです(これに関しては後述します)。 

ネガティブな理由としては、北大では准教授に昇進できる可能性が小さかったことが挙げられます。教授・准教授とも若く、准教授のポストが空く可能性はなかなかありませんでした。これに関しては応募の時点でわかっていたので、いずれは外に出なければいけないと考えていました。 

また、自分の成果が北大から正当に評価されていないと感じられることがありました。北大では助教は指導教員になれないため、私が研究指導した大学院生は、正式には教授が指導したことになります。論文もラストオーサーは常に教授でした。給料は博士号取得からの年数をベースに決められる計算式で、最初に給与明細をみたときは少なくてなにかの間違いではないかと人事部に問い合わせたほどでした。

いろいろな理由を挙げてみましたが、アメリカのアカデミアで自分がどれほどやっていけるのか試してみたかった、というのが、一番大きな理由かもしれません。日本のプロ野球選手がメジャーリーグでどこまで通用するか試してみたい、というのと同様です。 

アメリカ・アカデミアの採用プロセスは、日本のそれと比べてオープンな印象を受けました。アメリカ・アカデミアでは、書類選考から選ばれた候補者は、現地に呼ばれてインタビューされ、セミナーを行いますが、そのセミナーには選考委員だけでなく、他のファカルティ・大学院生・ポスドク等、誰でも参加できます。またセミナーの前後には、関連分野のファカルティと1対1でディスカッションをして、その候補者が同僚としてふさわしいか評価されます(候補者にとっては、その大学に共同研究をしやすいファカルティがいるかどうか判断することもできます)。また、大学院生やポスドクとランチミーティングをすることも多く、大学院生からも候補者は評価されます。これらのファカルティや大学院生・ポスドクからの候補者の評価は、数値化されて選考委員に送られ、最終判断が下されます。インタビューの旅費も全て大学が負担してくれます。私自身がインタビューをされたときもそうでしたし、私が関与した他の教員採用のときもそうでした。 

それに比べて、日本のアカデミアにおける採用プロセスは基本的にクローズドです。誰が申請しているのかは、選考委員以外は知ることはありません。誰にも知られたくないという申請者にとってはいいかもしれませんが、客観的な選考が行われているかは(実際に客観的だったとしても)外部にはわかりにくいと思います。インタビューも選考委員との面談がメインで、旅費が支給されることはほとんどないため、海外からの申請者には負担が大きいと思います。 

アメリカでは、卒業生が出身大学のファカルティになることは多くないのですが、私の場合は卒業後に複数の大学でポスドク・助教の経験を積んだことが評価されたようです。大学からジョブオファーを受けたあとは、スタートアップ研究費の金額やラボの広さ、着任日、授業免除の期間など、さまざまなことを交渉しました。 

こうして、私は2015年にミネソタ大学にAssistant Professorとして赴任しました。大学から期待されている環境浄化研究を進めつつ、医学系や工学系の研究者と共同で新たな研究テーマにも取り組んでいます。アメリカのAssistant ProfessorはPrincipal Investigator (PI)なので、ラボのマネジメントから学生指導にいたるまですべてに関して自分が責任を持ちます。これは大変なこともありますが、やりがいがあります。

北大では助教、ミネソタ大ではAssistantProfessor、日米両国で似たような立場を経験しましたが、両者の違いを実感することは多くありました。日本の助教は、大学や立場にもよりますが、授業の負担はあまり多くないと思います。しかしながら、アメリカのAssistantProfessorはFull Professorにかかるのと同等の教育負担があります。アメリカの大学生は熱心に勉強しますし、宿題や試験の数も量も多いので、その準備や採点はなかなか大変です。

研究費申請にかかる負担が大きいのも近年のアメリカのアカデミアの特徴でしょう。北大・助教時も科研費を含めて研究費申請書は数多く書いていましたが、執筆の分量はそれほど多くありません。アメリカの研究費申請書は数十ページに及ぶことが多いため、作成に多大な時間と労力を要します。それでいて採択率は数%程なので、十分な研究費を獲得するためには、一年中申請書を書かなくてはいけません。最近は論文執筆に割く時間を十分にとることができず、論文草稿やデータが溜まっています。

また、無事採択されたとしても、連邦政府からの研究費(National Science Foundation、National Institute of Health等)の場合、直接経費の半分以上(全体の3分の1以上)に相当する額を間接経費として大学に納めなければなりません(全体額=直接経費+間接経費)。直接経費からは自分の給料の一部(大学からは9ヶ月分の給与しか払われないので、残りの3ヶ月分は研究費から捻出)と大学院生の給料+授業料+保険料を払うので、実際に研究に使えるのは、申請金額の15%ほどになってしまいます。これだと消耗品と学会旅費だけで終わりで、研究機器を買うことはほぼ不可能です。日本の大学でも間接経費はありますが、アメリカに比べると少ない金額ですし、なにより大学院生に給料を払う必要はありません。金額でいうと、北大・助教時に獲得した研究費はそれほど多くありませんが、それでも機器を買ったり、十分な量の試薬を購入したりすることはできました。

このようにアメリカのアカデミアは、日本のアカデミアと比べると、大変なことが数多くありますが、その分やりがいも感じています。やりがいを支えているのは、自分の努力が正当に評価してもらえるという実感です。ここでは、教育にせよ、研究にせよ、自分の能力が試され、そしてフェアに評価されていると感じます。Assistant Professorの私は数年後にテニュア審査を控えています。テニュア審査では、当該教員がこれからもアメリカのアカデミアでやっていけるのか、投稿論文の数および質・研究費採択結果・指導した学生からの評価・授業の評価・アウトリーチ活動など、さまざまな角度から総合的に評価されます。私はまずはテニュア取得を目指して教育・研究に励んでいきます。

おわりに 
若手ファカルティにとって、日米アカデミアにはそれぞれに違った良い点があると思います。どちらがよいかは、大学や研究室、その人の性格によって異なるので一概には言えませんが、厳しい環境に身をおいて自分を成長させたい人はアメリカのアカデミアに挑戦してみるのもいいかもしれません。

○ 次回は3月下旬の発行予定です。お楽しみに! 
○ 石井さんにご質問がありましたら、カガクシャ・ネット宛にお気軽にご連絡ください。
○ カガクシャ・ネットでは随時読者の皆さまからのご質問やご感想、「こんな記事が読みたい」といったご要望をお待ちしております!

Image courtesy of Michal Jarmoluk at pixabay.com

著者略歴

  石井 聡(いしい さとし)

 2001年3月 東京大学にて学士号を取得。
 2003年8月 Iowa State UniversityにてM.S.取得。 
 2007年8月 University of Minnesota – Twin CitiesにてPh.D.を取得。 
    9月 東京大学大学院農学生命科学研究科にてポスドクおよび特任助教。 
 2011年4月 北海道大学大学院工学研究院にて助教。 
 2015年4月 University of Minnesota – Twin CitiesにてAssistant Professor。

 専門は環境微生物学。微生物を利用した環境浄化研究に従事。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━