2018年12月30日日曜日

アンケート「研究者ってどんな人たち?」

今月のカガクシャ・ネットメルマガでは、博士取得を目指している学生や博士を取得して研究者として勤務している人たちが、いつ研究者を志し、どんなふうに情熱を燃やしているのかをアンケートを通して調べてみました(回答総数20件)。カガクシャ・ネットのスタッフや過去のスタッフ、その友人が対象のアンケートですので、すべての研究者を代表してはいませんが、留学に興味を持って準備を進めている方や、留学中にこのままでよいか迷ってしまっている方の参考になればと思います。

高い満足度

まず紹介したいのは、以下4項目の満足度です。カッコ内に「満足」あるいは「とても満足」と回答した人数を示します。
「これまでの進路選択」20人
「研究分野・テーマ」20人
「自分の情熱・やる気」19人
「研究・勉強時間」15人
どの点についても回答者の満足度はかなり高いことが分かりました。特に「これまでの進路選択」「研究分野・テーマ」については20人全員が「満足」あるいは「とても満足」と回答しています。また、「自分の情熱・やる気」や「研究・勉強時間」についても、過半数が満足しているという結果になりました。

大学(学部)時代に研究者として歩み始める

特に満足度が高い進路選択や研究分野の選定について、さらに詳しく見てみます。こうした満足度の高い選択は、いつ行われるのでしょうか?「はじめて研究者になると意識して進路選択をした時期」と「現在の研究分野の選択に強い影響を与えた人物や出来事と出会った時期」について聞いてみました。左列が進路選択時期、右列が分野選択のきっかけです。
 時期進路選択分野選択
 中学校在学・卒業時2人0人
 高等学校在学・卒業時4人2人
 大学(学部)在学・卒業時12人10人
 修士課程0人4人
 博士課程(1~2年目)1人3人



この結果を見ると、大学(学部)在学中や卒業時に研究者としての進路選択・分野選択をするケースが多いことが分かります。なお、研究分野と進路選択の順番を集計した結果は以下の通りでした。
 分野が先2人
 進路が先10人
 同時期8人
科学者・研究者になると決めてから分野を決めるケースが最も多く、次いでほぼ同時期に分野と進路選択をするケースが多いことが分かります。いずれにしても多くの場合、研究者としての第一歩は学部時代なんですね!

大学院に入ってふくらむ情熱、しかし次第にしぼむ

では、科学や研究に対する情熱(やる気・モチベーション)は大学院時代をとおしてどのように変化するのでしょうか?以下では情熱を次のようにスコア化しました。
 かなりある4点
 十分にある3点
 少しある2点
 ほとんどない  1点
すでに学位を取得した人(14人)に絞ると、結果は次の通りでした。
 学部3.1
 大学院1・2年目  3.5
 大学院3・4年目  3.2
 大学院5年目3.2
 学位取得後3.5
学部時代よりも情熱をもって大学院に入学しますが、時間の経過とともに情熱がうすれてしまうようです。残りの学生(6人)にも、同様の傾向が見られました。興味深いのは学位取得後に情熱が再び伸びている点です。研究者の情熱を支えるのはいったい何なのでしょうか?


より頻繁に感じるのはやりがいや責任感

そこでまず、仕事の充実感につながる項目について、研究を通じてどのくらいの頻度で感じているかを調べ、次のようにその頻度を数値化しました。
 いつも感じる4点
 よく感じる3点
 たまに感じる2点
 まったく感じない  1点
その結果、やりがいや責任感を感じる頻度が、達成感や承認、成長と比べて多いことが分かりました。
 何かを達成した2.4
 承認されている2.5
 やりがいがある3.1
 十分に任されている  3.0
 成長している2.7
このうち、学生(6人)と学位保持者(14人)で大きな差(0.4ポイント以上)が見られたのは「成長している」の項目のみでした。「成長している」の項目では学生の平均が3.1であるのに対して、学位保持者の平均は2.4にとどまりました。学生の方がわずかながらも、より充実感を感じていることが分かります。
その一方、これらの結果を現在の情熱が「かなりある」と回答したグループ(11人)とそれ以外の有効回答(6人)をしたグループで再集計した結果、次のような結果が得られました。左列が「かなりある」グループ、中列がそれ以外の回答のグループ、右列がその差(かなりあるーそれ以外)です。
 研究をしていて感じること 「かなりある」群  それ以外の回答群  差 
 何かを達成した2.52.00.5
 承認されている2.52.30.2
 やりがいがある3.32.60.7
 十分に任されている3.12.50.6
 成長している2.82.10.7
この結果から、研究で充実感を感じる頻度と研究への情熱に相関があることがわかります。


給与と研究外業務が研究への情熱を削ぐ可能性

次に、科学や研究に対する情熱にそのほかの要因が与える影響を調べました。回答は「強いプラス」「プラス」「特に影響しない」「マイナス」「強いマイナス」の5段階で、以下の表では「強いプラス」または「プラス」の回答数(左列)と「マイナス」または「強いマイナス」の回答数(右列)を比較します。
 要因「強いプラス」
または「プラス」
「強いマイナス」
または「マイナス」
 指導教員・上司16人2人
 家族・パートナー15人1人
 研究集会・学会15人0人
 研究室の同僚15人0人
 社会の理解11人2人
 趣味・娯楽10人2人
 授業・セミナー9人3人
 給与・待遇9人4人
 研究以外の業務4人4人
指導教員・上司や家族・パートナーが与える影響はプラスであるという回答が大多数でした。また、研究集会・学会や研究室の同僚など、研究を進めるうえで欠かせない要素もおおむねプラスに働くようです。これらの上位4項目に共通しているのは、どの項目も人と人とのつながりであるということです。その一方、給与・待遇や研究以外の業務については意見が割れました。特に給与・待遇については学生(2人/6人)が、また研究以外の業務については学位保持者(4人/14人)がマイナスの影響があると回答しています。
ここまでに挙げた傾向は、現在の情熱が「かなりある」と回答したグループ(11人)とそれ以外の有効回答(6人)をしたグループでおおむね同じでした。しかし、「趣味・娯楽」の項目では情熱があるグループではプラスに働くという回答が過半数を占める一方(7人/11人)、それ以外の有効回答をしたグループではプラスに働くという回答が1名、マイナスに働くという回答が2名でした。


少なくとも6割が理想と考える勤務時間を達成。しかし・・・

最後に、最も満足度が低かった勤務時間(勉強・研究時間)について調査しました。この項目には15人が「満足」または「とても満足」と回答し、5人が「不満」と回答しています。まずは、理想と考える勤務時間と実際の勤務時間について調べました。左列が理想、右列が実際です。
 勤務時間    理想  実際 
 35時間未満1人2人
 35~45時間6人4人
 45~55時間9人5人
 55~65時間3人3人
 65時間以上1人6人

ほぼ半数が45~55時間が理想的であると回答しています。しかし、実際には週65時間以上勤務しているという回答が6件もありました。なお、この65時間以上と回答した6人のうち5人が、理想の勤務時間は45~55時間であると回答しています。
一方、理想と考える勤務時間と現在の勤務時間が同じ回答(勤務時間差が10時間未満)だったのは13人で全体の65%を占めます。この結果から分かるのは、過半数の研究者が理想と考える勤務時間を達成している一方、4分の1の研究者は理想的ではないと考えながらも週に15時間以上の超過勤務をしているということです。
興味深いのは、この5名の「理想的ではないと考えつつ、週15時間以上超過勤務している者」のうち、2名の学位保持者はいずれも勤務時間の満足度を「不満」と評価し、3名の学生はいずれも「満足」と評価している点です。学生は理想的ではないと考えつつも、長時間の勉強・研究が不満と言えるほどではないと考えているようです。
このことはひょっとすると、アカデミアでの慣習が影響しているのかもしれません。同時に行った勤務時間の推移の調査では、大学院1~2年目では7名(35%)、3~4年目では9名(45%)が週に65時間以上、勉強・研究をしていたと述べています。

まとめ

今回のアンケート調査では、調査対象の研究者が高い満足度をもって仕事にあたっていることが分かりました。満足度が高かった研究者としての進路選択や研究分野の選択は、大学在学中か卒業時に行うケースが多いことが明らかになりました。また、研究への情熱は指導教員、上司、家族、パートナー、研究室の同僚など、人に支えられている側面が大きく、給与、待遇、研究外業務などの要素は、研究への情熱を削ぐ結果になりかねないことが示唆されました。研究に対しての情熱が「かなりある」と回答したグループとそれ以外の回答をしたグループでは、研究を通して充実感を感じる頻度が異なり、趣味・娯楽との向き合い方が違っていることが分かりました。勤務時間については、少なくとも6割の回答者が理想の勤務時間を達成している一方、4分の1の研究者は理想的ではないと考えつつも超過勤務をしている実態が明らかになりました。この背景にはアカデミアでの慣習として大学院時代に長時間の勉強・研究をすることが影響している可能性があります。
この結果を踏まえて、研究者がさらにいきいきと研究を推進するために、以下の5点の方策を提案しつつ、この記事の結びとしたいと思います。
  1. 大学(学部)時代に適切な進路ガイダンスや研究分野紹介を実施する
  2. 大学院生に一定の裁量を与え、やりがいや責任感を感じさせる
  3. 研究室内外の人間関係を整理し、健全な研究環境を構築する
  4. 学生に対する経済的援助の幅を広げる
  5. 勤務時間が週55時間を超えないような人員配置を実施する


アンケート実施期間 2018年12月上旬
アンケート対象者  カガクシャ・ネットスタッフ、過去のスタッフ及びその友人
アンケート方法   Webフォーム
有効回答数     20件
━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年11月25日日曜日

【2014年9月配信記事より】探究せよ、真理こそ我らのしるべなり

※今回は過去のメルマガから人気の記事をピックアップして配信しています。

未だにはっきりと覚えている幼い頃の記憶がある。それはどこかの遊技場でのこと。一つの大きなブラウン管テレビの向こう側に時代遅れの白黒アニメが流れていた。人間以上に人間臭い心を持つくせに、壊れるとその中身はただのガラクタの塊でしかないロボットという存在に動揺しつつも魅せられ、そしてその姿はしっかりと心に刻みつけられた。それが鉄腕アトムであった。あれから20年、僕は高専で情報工学を学び、アメリカの大学でコンピュータサイエンスと心理学を専攻し、そして今オックスフォード大学の博士課程で計算神経科学の分野に携わりながら、あの頃にぼんやりと思い描いた夢を未だに追い求めている。



実を言えば一度だけ、高専時代にそれをもうやめようと思ったことがある。そろそろ自分も現実的な将来を見据えて生きていかなくてはいけない、と考え始めていた。しかし、そんな時にしたアメリカの高校での1年間の交換留学がそんな自分を思いとどまらせた。僕の通ったアメリカの高校では、授業の履修は基本的に選択制で、学生は皆学びたいことを自らの意志で選んで学んでいた。どの授業もインターラクティブで刺激的で、またどの学生も自分の意見を持ち、それを発言し議論できることに驚かされる毎日だった。一方で、彼らはよく遊び、スポーツもし、音楽もし、切り替えも効率もとてもよく、今まで自分が見ていた世界がいかに小さいものであったかを気付かされた経験だった。同じ世代の高校生が、「僕は映画監督になるんだ」とか「政治家になるんだ」とか、何の恥じらいもなく堂々と言える姿に心を揺り動かされて、大した根拠がなくたって好きなことを信じて生きたいように一所懸命生きることを選べばいいのだと気付かされた。その時、僕は大学はアメリカに行くことを決意したのだった。そうしてもう少しだけ夢を追ってみようと思ったのだった。

ジャーナリスト櫻井よしこは、彼女の米国での大学生活を振り返って以下のように指摘する。「日本での教育が、あれはいけない、これも問題がある、だからしない方がよいといういわば減点方式と受動に陥りがちなのに対して、米国での教育は完全に加点方式と能動を特徴としている。夢を描いたら挑戦してご覧なさい。こうしたいと考えたらやってみなさい。どんなことでも尻込みしたりあきらめたりしないで突き進んで御覧。他人に迷惑をかけてはならないけれど、自分の責任で、何でもやって御覧、という具合なのだ。」僕が常に前を向き、そして学部時代を本気で頑張ることができたのは、そんなことを象徴するような恩師との出会いがあったからであった。

僕は高専時代、あまり目立った学生ではなかった。授業中に発言するわけでもないし、オフィスアワーに行くわけでもなかったので、成績はよかったけれど自分のことを殆ど知らない教授もいた。今でも忘れないのは、2年生の頃、試験を終えたあとにどうしても腑に落ちない問題があって珍しく教授のオフィスを訪ねたことがあった。教授は僕の顔を見るなり「採点ならまだ終わってないよ。でも誰も落第点とるような試験じゃないから君も心配しなくていいから。」と呆れ顔で言った。普段から試験では良い点をとっていたし提出物はいつも誰よりも先に終わらせていたし、殆どの人が面倒臭がってやらない課題も必ず提出していたのに彼は僕を全く知らなかった。案外そういうことは伝わってないものなんだな、とその時初めて学んだ。

アメリカの大学に入ってからもしばらくはそうだった。ただ「どうせ伝わらない」と思いながらも自己満足のためだけにいつも何でも無駄に2,3割増しで頑張っていた。2年生の前期に履修したトンプソン教授の人工知能のクラスも例外ではなかった。グループプロジェクトが基本のクラスだったのだけれど、他のメンバーが本当に何もやらない。ミーティングにも来ないし、レポートも留学生の自分に丸投げ。このままでは自分の成績にも響いてしまうので、仕方がなく必死で3人分の作業を全部一人でやってのけた。ターム最後のプレゼンを聞いてトンプソン教授はその結果を大絶賛していたけど、何もしなかった2人の方が質疑応答でもうまく話せるものだから「きっと自分がグループの足手まといに見えてるんだろうな・・」と思っていた。

その日の夜、トンプソン教授から「明日オフィスに来なさい。」とメールが来た。一体何を言われるんだろうと狼狽えながら次の日オフィスを訪れると、彼は笑顔で椅子に座っていた。机の上には自分のグループのレポートが置いてあり、その表紙を指さして彼は、「この長いレポート、おそらく君だけで書き上げたんじゃないかな。」と言った。僕は他の2人のことを告げ口するつもりは全くなかったので困って口ごもると、「見てごらん」と言ってそのレポートをめくり始めた。するとページの至る所に赤い線やら文字やらがいっぱい書き込まれていて、「君は独特な英語を書くね。」と僕の不完全な英語をからかって笑った。そして、「プロジェクトに関してもきっと殆ど君一人でやったんだろう。」と付け加えた。僕は相変わらず苦笑いをしていると、「言わなくても昨日のプレゼンテーションで気づいたよ。」とまた笑った。

この日から色々なことが変わり始めた。2年生の後期には、彼の推薦で、彼の教える修士の授業を履修することになった。そこで企業との会議に参加して、初めて学会発表も経験した。またその時に書いた論文がその年の卒論も含めたすべての学内学部生研究論文から、3つの優秀な論文の1つとして選出されたりもした。更にトンプソン教授はその論文を僕の知らないうちに国際学会に提出していて、「ピアレビューを通ったからドイツに行って発表してきなさい。」と言われるがままに一人でその夏ドイツに行くことになった。初めての国際学会に緊張しきってプレゼンは大失敗。申し訳なさそうに帰ってきた僕を迎えたのはトンプソン教授の「初めてのヨーロッパはどうだったかい?」「観光もたくさん出来たかい?」という笑顔だった。そして改まって「僕も初めて授業を教えたときは本当に緊張して大失敗だったよ。だけどそれを繰り返すことで慣れていくんだ。君にはたくさん経験してもらう。」と励ましてくれた。

3年生前期に初めて無名だけれど一応ジャーナルに論文を出すことができた。またトンプソン教授の推薦でComputing Research Association(CRA)の全米からコンピュータ・サイエンス学部生を選出するCRA Outstanding undergraduate Researcher Awardsにノミネートされ、結果運良く優秀賞を授かった。するとその結果を見たウォータールー大学やヨーク大学の教授から是非院に来てくれとオファーが来たり、googleやamazonのリクルーターから連絡が入ったりなんてこともあった。トンプソン教授はそんな僕のことを他の教授に話すことも大好きだったようで、気づけば授業を受けたこともない教授までも自分に声をかけてくるようになっていた。

「案外伝わらないものなんだな」と分かっていながらも、積極的にアピールすることをできなかった僕を彼は見つけてくれた。そして英語もそんなに上手じゃない自分を信じて、次々に色々な機会を与えて育ててくれた。本当に一人ひとりの学生のことをよく見ていて、その成長を自分のことのように喜べるとても素敵な教授だった。彼との出会いがあったから大変さも楽しみに変わった。そんな彼との出会いがあったから、僕は未だに研究を続けていられるのだと思う。

"Veritate Duce Progredi"(探究せよ、真理こそ我らのしるべなり)これは母校、アーカンソー大学の校訓である。将来ずっと同じ夢を追い求め続けているかどうかは、本音を言えば今の時点ではまだ分からない。しかし、ひとつの目標を定めて挑戦し続けてきたことで、見えてくる世界は大きく広がった。やってみたいと思えることがいくつも出てきた。「映画監督になりたい」とあの時目を輝かせて語った友達が、或いは「政治家になるんだ」と胸を張った友達が皆、未だにそれらを追い求めているとは思わない。しかし、それらの夢は彼らの人生の真理を探究するきっかけを与えたことは間違いないと思う。だから夢なんていうのはもしかしたら単なるきっかけでしかないのだと思う。好きな言葉に「夢を見ながら耕す人になれ」というものがある。日々努力を続けても、なかなか変化は目に見えてこない。進めば進むほど、夢はさらに遠ざかっていくようにさえ感じられる。しかし夢を見ている限り耕し続けられる。そして、耕し続けている限り、それは決して無駄になることはない。アメリカには、そこにきっと大きな実を実らせる肥沃な土壌がある。これから留学を考えている皆さんには、どんなことでもいいからまず夢を口にして、そしてそれに向かって一所懸命に挑戦してみて欲しいと思う。

○ 次回の更新は12月下旬を予定しています。お楽しみに!
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
著者略歴:

    江口晃浩(えぐちあきひろ)

    豊田高専情報工学科在籍時にAFSを通じオレゴン州の高校に留学し、2008年より米州立アーカンソー大学(フェイエットビル校)に進学。

    2011年にコンピュータ・サイエンス(B.S.)を、2012年に心理学(B.A.)を共に summa cum laudeで卒業。英国オックスフォード大学に進学し、2017年に計算神経科学の研究で博士号取得。

    人工意識の実現を目指すAIスタートアップ、アラヤに在籍後、現在は日本マイクロソフトに在籍。ブログ「オックスフォードな日々 ( hogsford.com ) 」を執筆。

image courtesy of ponsuwan at FreeDigitalPhotos.net
━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年10月15日月曜日

留学前の自分へのアドバイス

今回は、「留学前の自分へのアドバイス」をテーマにカガクシャ・ネットのスタッフ3名でディスカッションを行い、その内容を記事としてまとめました。これから留学を考えていらっしゃる方は、ぜひ参考にしてみてください!


~ 執筆者紹介 ~


:学部卒業後にUC Davis Department of ChemistryのPhD課程に進学し、秋からPhDの三年目が始まる。 

小栗:群馬大学で化学・生物を学び修士号を取得。合成化学の研究に従事。その後、 University of MichiganのPhD課程に入学するが、分野変更のために退学。現在はUniversity of Sussexの修士課程にて人工知能・人工生命、認知科学などを学んでいる。 

板谷:京都大学大学院医学研究科に在籍中。来年3月に修士号(公衆衛生学)取得予定。現在は留学を検討中


1. 留学準備はいつから?


:早めに留学の準備を始めた方が良かったです。私は留学しようと思った時期は早かったのですが、なかなか留学の準備に取り組まず、実際に準備を始めたのが学部4年生の夏休みでした。準備を始める時期がもっと早ければ、夏休みにアメリカの大学のサマースクールに参加したり、海外のラボで研究生をしたりすることで、海外の先生から推薦状を書いていただけたかもしれません。アメリカの大学院に出願する場合にアメリカの教授からの推薦状が有利に働くことは多いです。

小栗:アメリカにいる先生の推薦状は大切ですよね。僕も留学しようと思った時期は早かったのですが、結局出願前にバタバタしてしまって、エッセイやTOEFL、GREの対策が不完全なまま出願してしまいました。当時は懸命にTOEFLやGREに取り込んでいたつもりでしたが、僕は試験が嫌いということもあって試験に対するモチベーションが低く、効率も悪かったと思います。今考えてみると、もっと違う英語の勉強方法があったかもしれないです。自分の興味のあることを英語で聞く・読むを日々の学習のベースにし、試験対策は短期間で済ます方が自分に合っていたかもしれません。現在の大学院に出願したときは実際にその形式でIETLSの対策を行い、目標スコアを取得しました。僕は向いていないのに試験対策ばかりやってしまってテストの点も伸び悩んだので、自分の生活・将来の研究を想定して実際に則した形で英語や関連スキルを身につけた方が良かったと僕は思います。


板谷:私も今留学の準備をやっているところですけど、もっと早くやっていれば良かったなと思うところですね。それに尽きるかなと思うぐらい。私は学部生の時には留学のことを考えてなかったんですけど、思い立つのも準備を始めるのも早いに越したことはないです。思い立つのが早ければ今、話にも出ていたように、学外の研究員として、行きたいところに2、3ヶ月客員研究員として入れてもらってとか、いろんなことが出来ると思うんですね。はじめから研究職を目指していて、少しでも海外に関心がある方はそういうのが一番いいんじゃないかと思いますね。




2. 研究室選びのアドバイス


:良い論文を出している研究室に入った方が良かったと思います。私は学部卒業してからアメリカの大学院に入ったので、研究についてあまり理解していなくて、教授の人柄と研究費の充実さで研究室を選んでいました。でも研究室に入ってからは、研究室が多少ブラックでも、良い論文を出している研究室にいれば良かったと思っています。


小栗:僕の場合は逆で、(アメリカの大学院を)辞めた原因の一つが、指導教官との性格面および研究面での折り合いが悪いということでした。この場では詳しく話せませんが、当時の指導教官は当該分野では名の売れた方ではあるのですが、研究室を途中でやめていく学生も多く、研究室の環境も自分が想像していたものとは全く異なりました。精神的にも追い詰められ、最終的には「この研究室ではもう無理だな」と感じ、大学院と専攻を変えて今に至ります。塞ぎ込んでいた時期に読んでいた書籍や論文が現在の分野に移るきっかけになりました。 僕が研究室選びのアドバイスをするとしたら、楊さんのように多めに出願して複数の大学院から合格をもらって、その中から自分と合いそうな大学院を選ぶのがいいと思いました。僕はPhDプログラムに出願した当時は1校しか受からなくてそこに行くしかなかったのですが、出願校のレベルに幅をもたせるのは大切だと思います。

板谷:私の場合は、国際学会にあわせて先生のところへ足を運んでお会いしてきたり、 お会いしたことが無くてもメールで問い合わせをしてみたりしています。特にお会いしたことがない先生の場合には、まずは論文で研究室の様子を見てますね。 自分のテーマと合致していたり、よく似たテーマで一流のところに論文を出版している研究室をチョイスするということと、あとはそこの研究室にどれぐらい博士の学生さんがいるのかということが、どれほど研究室が盛り上がっているのかを見る指標になるかなと思っています。特に数年間学生が一人もいない研究室は良 くないかなと思って、コンスタントに学生さんいるようなところを考えています。


小栗:それは大事ですね。人は誰でも二面性を持っていると思うので、少し話した程度では相手の人格を正確に理解することはできないと思っておいた方が僕は良いと感じています。どのような動機・理由で研究室を選んでも、教授とウマが合うかどうかや、研究がうまくいくかどうかは運と環境に大きく左右されます。でも確かに板谷さんが仰るように、学生さんがいない研究室は怪しい気がします。 楊さんに聞きたいんですけど、PhD時代は若手教員の下で学んでポスドクの時に有名ラボに行った方がいいとアメリカにいる知人から聞いたんですけど、それはUC Davisでも聞きましたか?

:私はその違いについては聞いていませんが、Assistant Professorは良いチョイスだと思います。Tenureを取る前の5、6年の間は業績づくりに追われる状況にあるので、研究室が出す論文の量と質はtenureを取る前の方が後よりも良いときがよくあります。


小栗:指導教官が他の大学院に行ってしまうと一緒に他の大学院に移らなければいけないこともあるので、Assistant Professorのラボを選ぶ際はそこが難しいところですね。


:Tenureの取りやすさが大学によって違うと聞きました。トップ校ではtenureを取るのが難しいのですが、大学院のランキングが20~30位になると、ほとんどのAssistant Professorがtenureを取ると聞きました。私のいるUC Davisの化学科でもほとんどのAssistant Professorがtenureを取っています。




3. 大学院生として成功するには?


:私はPhDの3年目を始めたばかりで、あまり良いアドバイスはできないですが、1年生だった頃の自分にアドバイスするとしたら、自分の研究テーマを自分で進める覚悟を持っていた方が良かったと思います。私は大学院に入る前は甘い考えをしていて、指導教員や研究室のポスドクのアドバイスを聞いていれば自分のテーマを進めていけると軽く考えていましたが、結局は自分で考えるしか研究は進められないと痛感しました。

小栗:僕の修士時代までの指導教員は学生に研究の主導権を任せてくれる方だったので、おかげで自主性が養われたのは良かったと思います。自分の研究を助けられるのは自分しかいないと思って研究に取り組むことは確かに重要ですよね。自分からアドバイスできることがあるとすれば、最初はある程度は気楽に行けということですかね。僕は早足で修士まできて博士もその勢いで進学したからうまくいかなかった時のダメージも大きかった気もするので、肩肘を張りすぎるのも考えものかもしれません。むしろ「PhDは5、6年かかるんだから気楽に行くか」ぐらいの心構えでも良かったと今では思います。最初の1年は環境への適応が大変なので、そこにさらに自分で負荷をかけてしまうと一気に折れてしまうかもしれませんから。心の病気は一度かかってしまうとなかなか完治しません。僕も数年前は精神的な負荷を無視して厳しいスケジュールで勉強や研究に取り組んでいましたが、今はもう無理ですもんね。健康を一度損なうと大変なので、心と身体を大切にしながらやった方がいいです。そのギリギリのラインを見極めるのがセンスだと思います。


板谷:今の話に出てたように、最後には先生方に頼り過ぎずに自分で立つみたいなところは大事だと思っています。とくに私はこれからPhDプログラムに進むつもりですので、プロジェクトは自分で運営するぐらいの感じで行こうかなと。日本でも今は研究費を持って研究しているんですけど、その勢いままプロジェクトの規模をさらに大きくしてやっていくような気持ちで行こうかと思ってます。大学院生は研究者として独立する一歩手前だからできる限り自分でプロジェクトを進めてトレーニングしたい人と、まだ研究者の卵だからじっくりと研究のいろはのアドバイスをもらいたい人と、二つのタイプがいると思いますが、自分自身がどのタイプかを判断してそれぞれに合った指導教員につくことが大事かなと思います。


○ 楊さん、小栗さん、板谷さんにご質問がありましたら、カガクシャ・ネット宛にお気軽にご連絡ください。
 ○ 次回もお楽しみに!


著者略歴:


楊瀟瀟(ヤン シャオシャオ) 
 2016年からUniversity of California, Davis 博士課程在籍中 
 カガクシャ・ネットでは、メルマガ・ブログを担当 


小栗直己(おぐり なおき) 

 2016-2017年 University of Michigan 博士課程在学 
 2018年よりUniversity of Sussex 修士課程在籍中 
 カガクシャ・ネットでは、座談会・分科会を担当 


板谷 崇央(いたや たかひろ) 

 京都大学大学院医学研究科 修士課程在籍中 
 カガクシャ・ネットでは、座談会・分科会を担当

━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年8月27日月曜日

留学準備にも役立つ習慣づけの方法

今回は、カガクシャネット代表の武田さんに、効果的な習慣づけの方法をご紹介いただきます。

留学準備に関する情報はカガクシャ・ネットだけでなく、この秋からの留学が決定した方からのブログやツイートを今年はたくさん見かけました。留学情報が増えることはこれから留学を考える皆さんにとって非常にいいことだと思います。ところが、これらの情報に触れた時「この人は実力があるから、留学を実現できたんだ。私には無理だな。」と考えてはいませんか? 確かに何事も簡単にはできるようにはなりません。しかし、実際はどんな人も陰ながら地道に努力を続けて目標を達成しているのです。 自分の体験から言えば、学生の頃はがむしゃらに時間を割いて努力することは難しくもないと思っていました。ところが、ポスドクの終わりごろからは研究だけでなくプライベートでも忙しくなり、自分の時間が徐々になくなり努力を続けることは実はとても難しいことであると気づきました。そこで、今回のブログでは努力を続ける習慣を作る方法を2つ紹介します。


○ 習慣を作る方法1: 進捗報告を毎週書く


物事を続けるためのキーポイントとして、(1) モチベーションを維持する、(2) 短期に達成できる小さな目標 (マイルストーン) を立てる、(3) 進捗を記録する、が挙げられます。続けるモチベーションを維持するためには長期的な目標 (なんのためにやっているのか) を忘れないことが不可欠です。そしてマイルストーンを設定することで定期的に小さな達成感を得ることができ、モチベーションが下がりにくくなります。また短期的な目標が達成できたかどうかを定期的に記録することで、予定通り進んでいないときの計画の変更がしやすくなるでしょう。 この3つを同時に行う方法として、大学院の指導教員に教わった方法を紹介します。これは各プロジェクトに関する短いサマリーを毎週提出することで、教員と学生の間で進捗状況を手短に確認できフィードバックを得ることができるというものです。提出してフィードバックをもらうことだけが目的ではなく、記録をつける自分自身にとっても現状を把握しやすくなり非常に便利です。以下に実際に私が使っている進捗報告のテンプレートを示します。

..............................................................................
□ プロジェクト1: 
プロジェクトの目的: 
現在の状況: (今週やったことを箇条書き) 
次のステップ: (来週以降の予定を箇条書き) 

□ プロジェクト2:
(以下同様)
..............................................................................

このように、目的、現状、次のステップを現在行っているプロジェクトごとに箇条書きでまとめます。全部で1~2ページ以内に収まるので、記録をつけること自体が負担にはならないかと思います。私は研究や仕事でこのフォーマットを使っていますが、留学準備や就職活動もプロジェクトのひとつと考えれば同じようにまとめられるでしょう。


○ 習慣を作る方法2: If/when-then plan法


「~のとき(~が起こったら)、こうする」というパターンを事前に決めておくことで、目標が達成されやすくなるという心理学の研究が知られています。この方法を心理学者のチャルディーニはif/when-then planと呼んでいます。自らに考える—つまり何かと言い訳を作ってやらない—余地を与えずに自動的に実行する習慣を作るのです。プログラムを書くようにできるだけ具体的にするのがコツです。たとえば、「夕飯の後お皿を洗うときから1時間英語のポッドキャストを聞く」と決めておくと、家でも英語を毎日聞く習慣ができると思います。


○ 最後に: Circle of Competence


留学など長期的で大きな目標を達成するためにできる、習慣づけの方法を紹介しました。できるような気がしてきましたか? 「いや、そうは言ってもハードル高いですよ」とお考えかもしれません。そこで最後に紹介したいのは"Circle of competence"という概念です。図1は自分の得意分野(できること)、できると思っているけど実際は完全にはできないこと(できそうなこと)、できないことを図示したものです。いきなりできないことに挑戦しても失敗して痛い目をみるだけですが (*)、できそうなことを努力して学ぶことによってできることの領域を広げることができ、最終的にはいままでできなかった大きな目標を達成できるようになります。できることから少しずつ始めてみましょう!





図1. Circle of competence.

(*) もともとはよくわかっているものにだけ投資しましょうという投資家向けの話


参考文献 
· Stephen R. Covey “The 7 Habits of Highly Effective People: Powerful Lessons in Personal Change” (邦訳: スティーブン・R. コヴィー7つの習慣 - 成功には原則があった!」) 

 ·Charles Duhigg “Smarter Faster Better: The Secrets of Being Productive in Life and Business” (邦訳: チャールズ・デュヒッグ「あなたの生産性を上げる8つのアイディア」) 

 ·Robert Cialdini “Pre-Suasion: A Revolutionary Way to Influence and Persuade” (邦訳: ロバート・チャルディーニ 「PRE-SUASION: 影響力と説得ための革命的瞬間」) 

· Gollwitzer PM and Sheeran P. (2006), Implementation Intentions and Goal Achievement: A Meta‐analysis of Effects and Processes. Advances in Experimental Social Psychology, 38: 69-119. https://doi.org/10.1016/S0065-2601(06)38002-1 

· Understanding your Circle of Competence: How Warren Buffett Avoids Problems. Farnam Street: https://www.fs.blog/2013/12/mental-model-circle-of-competence/


○ 武田さんにご質問がありましたら、カガクシャ・ネット宛にお気軽にご連絡ください。
○ 次回の更新は9月下旬を予定しております。お楽しみに!



著者略歴

 武田祐史 (たけだ ゆうじ) 

 京都大学工学部物理工学科、同大学大学院工学研究科機械理工学専攻修士課程を経て、 2011年からタフツ大学医療工学科博士課程に在学し2016年に学位を取得。 

 ブリガム&ウィメンズ病院、ハーバードメディカルスクールにてリサーチフェローを務めた後、2017年からボストン郊外のバイオテックにて製剤設計の研究開発を行っている。

 カガクシャ・ネットのスタッフには2011年に志願。その後2015年からカガクシャ・ ネット5代目代表を務め、「理系大学院留学」の第三刷改訂分、「研究留学のすゝ め」第15章 「大学院留学のすゝめ」を執筆。 

 インタビュー記事: https://theryugaku.jp/1669/ 
 武田個人ページ: https://sites.google.com/site/yujistakeda/

━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年7月24日火曜日

スタッフの研究紹介(V)「合成生物学:スーパー(?)バクテリア」

スタッフの研究紹介、第5回の今回は座談会担当の張本さんに伺いました!

コロンビア大学のキャンパスから見たマンハッタン

Q1. まず始めに、研究分野の大まかな概要を高校生や大学生でも理解できるように、できるたけ専門用語を使わずに、簡潔に教えて下さい。(例えば、高校生の教科や、大学生の1、2年生で習う基礎科目との研究分野との関連性を説明していただくと非常に分かりやすいと思います。)

合成生物学とは新しい生命機能をデザインして作り上げることを通して、生命の仕組みを理解したり、医学・産業に有用な新規生物を作り上げることを目的とした学問です。よく使われる例えとしてはコンピュータコードを書くことでソフトウェアをプログラミングするように、DNAを組み合わせることで生物をプログラミングできるというものです。合成生物学はまだ歴史が20年弱の学問ですが、最近では人工的細胞をゼロから作り上げたり、自然界には存在しない生命機能を組み入れることに成功したりと発展がめまぐるしい分野です。将来的には病気を自動的に発見して直してくれる体内細胞、試験管の中で育つ食用肉や燃料、家の形になる植物など多岐にわたる用途が期待されています。

Q2. 具体的な研究テーマと研究目的について説明して下さい。

研究テーマは、ガンを見つけ出し戦ってくれるスーパー(?)バクテリアを作ることです。バクテリアはガン患者の体内に侵入した際、ガン組織内のみにて特異的に増殖する特殊な能力を持っています。さらに合成生物学の技術を使うことで、遺伝子回路と呼ばれる生命機能をバクテリアに持たせることができるようになりました。これにより、例えばガンと思われるAとBの物質を見つけた時のみ、それに効くと思われる抗がん剤Cを選んで放出してくれるような生物をプログラミングできるようになってきています。

Q3. 日本と留学先での研究環境の違いについて具体的に教えてください。

私はカナダの大学に行ったため日本での研究経験は浅いですが、北米の研究室は多様なバックグラウンドを持った方々がいる印象を受けました。例えば私の研究室では、多国籍なだけでなく、軍隊、芸術、製薬、金融などを介して今は研究者になっている方々がいます。

Q4. ご自身が研究者を目指された「きっかけ」や、研究の「面白さ」について説明してください。

研究を目指した背景としては、何か誰も知らないことを明らかにしたり、作って見たりしたいと思う気持ちが大きいからだと思っています。研究の面白さは、自分で考えた仮説を実験計画を立てるところから、最後の結果までやりとげる達成感でしょうか。毎日予想外の結果が出ることは辛い時もありますが、とても楽しいです。

Q5. 一日のスケジュールを円グラフで教えて下さい。


Q6. これから留学を目指す学生にひとことアドバイスをお願いします。

留学は研究だけでなく現地の文化や人々に触れ合って、とても楽しいことがたくさんあります。住めば都となる場所もたくさんあると思うので、肩の力を入れすぎずに楽しんで挑戦してみるのも一つの方法だと思います!


著者略歴

 張本哲弘(はりもと てつひろ)

 2014年5月 トロント大学(カナダ)薬理学科 毒理学コース 卒業
 2021年5月 コロンビア大学生命工学専攻 博士課程修了(見込み)

━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 日置 壮一郎
━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年7月14日土曜日

スタッフの研究紹介(IV)「タンパク質を自由自在に創るタンパク質工学」

第4回の今回は、カガクシャ・ネット編集部の楊さんの研究と留学生活をご紹介します。楊さんは2016年春に大阪大学理学部化学科を卒業され、同年8月からカリフォルニア大学デービス校にて化学を専攻されています。


○ 研究分野の概要を教えて下さい。

タンパク質は触媒として生体内での様々な反応を担っています。タンパク質工学では理論計算または進化分子工学実験を用いて役に立つタンパク質をデザイン、作製し、産業や医療に応用することを目指しています。進化分子工学実験では大量の変異体をランダムに構築し、その中から欲しい機能を持った変異体をスクリーニングします。



タンパク質の理論計算はいろいろな方法が開発されています。


○ 具体的な研究テーマと研究目的について説明して下さい。

有機化合物の合成に使う酵素をタンパク質工学で製作する研究をしています。タンパク質の高い基質特異性を利用し、効率よく有機化合物の合成ができます。タンパク質工学で酵素を合成に利用できるように変えていきます。


○ 日本と留学先での研究環境の違いについて具体的に教えてください。

学科内での共同研究や実験機器、実験機材の貸し借りが頻繁に行われ、効率よく研究 を進められます。また、日本と比べて、「hands off」な先生が多く、大学院の1年目 から自立性や積極性をより求められます。


○ ご自身が研究者を目指された「きっかけ」や、研究の「面白さ」について説明してください。

科学に対する好奇心があり、まだ誰も知らない事を明らかにしたい思っていました。あまり深く考えずに大学院に進みました。研究の「面白さ」については今のところタンパク質工学で何ができるのかを考え、研究の計画を作ることです。


○ 一日のスケジュールを円グラフで教えて下さい。




○ これから留学を目指す方にひとことアドバイスをお願いします。

海外に住み、文化や生活を体験できるチャンスはあまりないので、留学に興味がありましたら、ぜひ試してください。

○ 楊さんにご質問がありましたら、カガクシャ・ネット宛にお気軽にご連絡ください。
○ 次回の更新は今月の下旬を予定しております。お楽しみに!


著者略歴

    楊 瀟瀟 (ヤン シャオシャオ)

    2016年4月 大阪大学理学部化学科 卒業 
    2016年9月 カリフォルニア大学デービス校化学専攻博士課程 入学

━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年6月29日金曜日

スタッフの研究紹介(III)「大気科学:50年後、100年後の社会に貢献するために」

第3回の今回は、カガクシャ・ネット編集部の日置さんの研究をご紹介します。日置さんは現在、テキサスA&M大学で大気科学を専攻されており、この夏に博士を取得される予定です。そんな日置さんに、大気科学の魅力と日々の研究生活についてお伺いしました。


○ 研究分野の概要を教えて下さい。
 大気科学は、大気に関係する幅広い研究を通して地球の大気の仕組みを解明することで、生命や財産に関わる気象情報の発出や、将来の気候変動とその影響の評価の基礎となる学問分野です。大気科学の研究者は3つの主な研究分野(大気力学・大気物理学・大気化学)と2つの時間スケール(気象学・気候学)の組み合わせで6つのグループに分けることができますが、複数の研究内容や時間スケールをカバーしている研究者も少なくありません。私たちの生活に欠かせない天気予報や気象警報・注意報は主に気象学の大きな成果です。天気予報の場合、予報の中心は大気力学ですが、大気化学もPM2.5の監視と予報、大気物理学もゲリラ豪雨の予報などに使われています。


○ 具体的な研究テーマと研究目的について説明して下さい。

私は人工衛星からのデータを使って氷雲(氷でできた雲)の氷粒子の大きさや形状を推定する研究をしています。日米欧の地球観測衛星には地球から宇宙へ向かう可視光線や赤外線の強さを複数の方向から測定できる観測装置が搭載されており、この装置で得られる雲の反射率の非等方性を利用して、雲を作る氷粒子について詳しく調べることが私の研究テーマです。氷粒子の大きさや形状は、雲ができた場所の温度や成長速度などに依存することが知られているので、この研究を進めることで雲の生成環境を継続的に宇宙から監視できるようになります。また、気候変動に与える雲の影響を評価するのに欠かせない情報を得ることができます。


○ 日本と留学先での研究環境の違いについて具体的に教えてください。

留学先は博士課程の学生の数が多く、互いに助け合いながら研究を進められる点が魅力的です。また、図書館や計算機システムなどの研究を支えるインフラや、文化施設やスポーツセンターなどの厚生施設の規模が大きく、多様なニーズに応えられていると思います。


テキサス州花のブルーボネットと職場(右奥)


○ ご自身が研究者を目指された「きっかけ」や、研究の「面白さ」について説明してください。
研究者となったきっかけは今の社会が持続可能ではないということを知ったことでした。いわゆる先進国の社会は産業も娯楽も化石燃料の消費に大きく依存していますが、そのような社会を永遠に続けることはできませんし、地球上の全ての人がそうした社会に住むこともできません。しかし、持続可能で幸せな生活を多くの人が共有できる未来に向けて努力することには意義があると思います。気候変動、エネルギー、食料の問題は複雑につながっており、科学による知見の蓄積、技術開発による困難の克服だけでなく政治的な合意形成も必要です。このため工学や医療と比べると大気科学の研究成果は社会への還元までに時間がかかりますが、好奇心や新発見のよろこびを大切にしつつ、自分の発見がどのように50年後、100年後の社会に役立つかを想像できることがこの分野の研究の面白さだと思います。

○ 一日のスケジュールを円グラフで教えて下さい。





○ これから留学を目指す方にひとことアドバイスをお願いします。
海外生活は日本での生活と同じように嬉しいことや悲しいことがたくさんありますが、そのひとつひとつが自分のことや自分の属する社会について考える良い機会になります。インターネットやマスメディアで展開される議論の中には、視聴者受けを狙ったものや、お金儲けの道具になっているものが少なくありません。実際に海外で生活して、いろいろなことを感じ、考えることで、数多くある日本や世界の問題のなかでも自分にとって特に関心があるテーマが見つかると思います。そうしたテーマをいくつか持つことは、卒業後の活躍の場を問わず、想像力と責任のある判断をする礎になると考えます。これから留学される皆さんの留学生活が、研究者としての腕を磨きつつ、世界や社会への理解を深める時間になることを期待しています。

○ 日置さんにご質問がありましたら、カガクシャ・ネット宛にお気軽にご連絡ください。
○ 次回の更新は7月上旬を予定しております。お楽しみに!


著者略歴

 日置壮一郎(ひおき そういちろう)

 2013年4月 東北大学宇宙地球物理学科 地球物理学コース 卒業
    2018年8月 テキサスA&M大学大気科学専攻 博士課程修了(見込み)

━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年6月10日日曜日

スタッフの研究紹介(II)「繊維科学:無限の応用性を秘めた繊維材料を科学する」

カガクシャ・ネットの現役スタッフによる研究紹介の第二回目は、編集担当の向日さんに繊維科学についてご紹介いただきます。

Q1. 研究分野の概要を教えてください。
私の研究分野は繊維科学です。「繊維」と聞くと、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。洋服や服飾雑貨、寝具や絨毯をはじめとした、古来より存在する製品をイメージされるかもしれません。でも、最近では一見わからないようなところにも繊維材料(広義では細くて長いもの)が使われています。例えば、下図の自動車を見てみますと、繊維材料が車体やフィルタ、ブレーキパッドやタイヤにも使われていることに気がつきます。ほかにも、導電性や誘電性に富んだ繊維材料が電子回路の要素材料として利用されたり、生体適合性に優れた繊維材料が人工臓器を作る際に使われたりしています。繊維科学では、繊維材料に関する基礎理学研究と機械工学や電子工学、生体医工学等の幅広い分野での応用研究を取り扱います。



自動車に見る繊維(大越 豊『はじめて学ぶ繊維』日刊工業新聞社, 2011年, p.8より)

Q2. 具体的な研究テーマと研究目的について説明して下さい。
現在の研究テーマは、布の誘電特性(電圧をかけると電気エネルギーとして蓄える性質)を利用したウェアラブルエレクトロニクス(具体的には布でできたキャパシタや伝送路、アンテナ)の開発です。例えば、綿布は吸湿に優れるため、水分含有量が湿度によって大きく変わります。水分含有量が変われば誘電特性も変わりますので、誘電率(誘電特性を表す物理量)が湿度依存性を示します。これをうまく利用すれば、一般的な綿布に導電性繊維を組み込んでおくことで、湿度センサとして利用できるのではないか、というようなことに着目し、研究を行っています。

Q3. 日本と留学先での研究環境の違いについて具体的に教えてください。
カリキュラムに起因することですが、米国では修士課程、博士課程ともにコースワークに多くの時間を割かれます。研究をするためには知識が大切だと思っていますので、私は米国のシステムが好ましいと思いますが、トータルで研究に費やせる時間は、一般的な日本の大学院カリキュラムに比べてやや少ないのかもしれません。

Q4. ご自身が研究者を目指された「きっかけ」や、研究の「面白さ」について説明してください。
研究者を目指した背景には、ものづくりに対する好奇心が人一倍強く、「理論的背景を知りたい」や「自分で新しいものを創造してみたい」という気持ちがあります。もともと私の中では、「繊維科学」というと「すでに確立された古い分野」というイメージがあったのですが、高校の化学の勉強を通して、繊維科学というのは実はもっと可能性を秘めた分野なのではないかと思い始めたのが最初でした。日本国内の大学に進学後、スマートテキスタイル(従来は持ちえなかった機能を付加した新しい繊維素材)に関する研究があることを知り、大学院から本格的にこの分野に足を踏み入れました。
繊維科学分野の面白いところの一つは、異分野での応用だと思います。先にも述べましたが、繊維に関する研究は様々な産業分野で応用されており、要素技術として用いられることも少なくありません。無限の応用性を秘めた繊維材料は、大変魅力的な研究対象ではないでしょうか。

Q5. 一日のスケジュールを円グラフで教えて下さい。



Q6. これから留学を目指す学生にひとことアドバイスをお願いします。
「人生は選択の連続である」と言われますが、留学における最初の選択は、留学先(国・大学院・研究室)選びだと思います。大学院進学を志す方は、分野や研究トピックの絞り込みはある程度されているでしょう。また、国や大学院によって、授業料が違ったりファンディング獲得の難易度が違ったりしますので、これらの条件からある程度志望校が絞り込めるかもしれません。それでも、世界各地に星の数ほど存在する大学院の中から志望校を決めるというのは、大変な作業だと思います。なかなか決められない場合には、可能な範囲で、実際に研究室を訪問してみるのが良いと思います。研究室の雰囲気であったり、実験施設だったり、あるいはキャンパスや街の様子なんかは実際に行ってみれば意外とすぐに良い面や悪い面が見えてきます。私も応募の前には下見をしたのですが、旅費を考えてもその価値はあったと思っています。修士課程で1~2年、博士課程なら3~5年くらいはその環境に身を置くことになるでしょうから、現地到着後に「思っていたのとは違った」というのは避けたいですね。

○ 次回の更新は6月下旬を予定しております。お楽しみに!

著者略歴
向日 勇介(むかい ゆうすけ)
信州大学繊維学部(学士(工学))、ノースカロライナ州立大学大学院(修士(理学))、ヨークス株式会社カンボジア工場(現地法人)勤務を経て、2016年8月よりノースカロライナ州立大学大学院博士課程在学。専攻は繊維・高分子科学。カガクシャ・ネットには2016年に編集担当として参加。2018年1月から副代表兼編集長を務める。

━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年5月27日日曜日

スタッフの研究紹介(I)「医療工学の世界」


今月から7月下旬にかけて、カガクシャ・ネットの現役スタッフによる研究紹介を行います。第1回の今回は、カガクシャ・ネット代表の武田祐史さんに医療工学についてご紹介いただきます。武田さんは、京都大学で修士号を取得された後、2011年から2016年までタフツ大学に留学されており、現在はボストン郊外のバイオテックで活躍されておられます。そんな武田さんに、大学院生・ポスドク時代の研究についてお伺いしました

研究分野の概要を教えて下さい。

現在はボストン郊外の会社で製薬企業や大学の研究室向けにドラッグデリバリー用ナノ・マイクロサイズの粒子を作っています。マイクロ粒子は薬を閉じ込めるカプセルのような働きをして、ゆっくり薬を放出する(徐放)ことができるので、濃度を一定に保ちつつ投与頻度を下げる効率的な治療が実現できます。たとえば歯科ではArestinという歯肉炎用の抗生物質をマイクロ粒子に入れたものがすでに臨床で使われています。抗がん剤でもすでに多数製品化されています。ナノ粒子は小さいために徐放効果は期待できませんが、細胞に直接取り込まれること、また抗がん剤においては新生血管の隙間をナノ粒子が透過し腫瘍に蓄積する(EPR効果)ことから効果が高いと考えられ、臨床試験も行われています。

 具体的な研究テーマと研究目的について説明して下さい。

大学院・ポスドクではエクソソームと呼ばれる細胞が出すナノ粒子のようなもの(図)の役割と応用について研究していました。そもそもエクソソームの体内での役割もよく分かっておらず(ゴミだと思われていた)、中に何が入っているのかも最近ようやくわかってきたという段階ですが、実は製薬企業も注目しています。応用例としてはエクソソームそのものをドラッグデリバリー用カプセルとして使うことや、エクソソーム中のマーカー分子を使った診断が研究されています。


エクソソームの概略図(武田の博士論文より引用)

○ 日本と留学先での研究環境の違いについて具体的に教えてください。 

いろいろあると思いますが今回は実験装置の話をします。アメリカでは実験機器をシェアしていることが多いです。学内で装置のある研究室、もしくはResearch Facilityなどと呼ばれる共用の実験施設を使うこともありますし、場合によっては他大学の装置を使わせてもらうこともあります。ボストンは大学や研究機関が多くあるので、コラボだけでなく装置のシェアもやりやすいです。各研究室で装置をそろえる必要がないのはいいことですが、使用頻度が上がる分よく壊れています。あと中古の備品を手に入れて使うケースが日本と比べると圧倒的に多い気がします。eBayで買ってくることもあれば、研究室や製薬企業のラボが閉鎖になりオークションで装置を買い付けるということもあります。安上がりになっていい反面、機器のクオリティは日本の研究室より低いこともよくあります。

ご自身が研究者を目指された「きっかけ」や、研究の「面白さ」について説明してください。

紙面の都合上、今回はきっかけだけ。もともと人の役に立つものが作りたいとずっと考えていました。はじめはロボットが作りたくて機械工学を専攻したのですが、もっと直接的に役立つことは何かと考えたところ、医療に行きつきました。そこで機械工学を生かすなら医療機器の開発でもやればよかったのですが、進路を考えていた2007年に山中先生のグループがヒトiPS細胞樹立の論文を出したのもあり、再生医療に興味を強く持つようになりました。そこから留学先では紆余曲折を経て生物と化学の境界領域の研究に入り込み、挙句は医学部付属病院のラボでポスドクを試みるも上手くいかなかったりして現在に至ります。

○ 一日のスケジュールを円グラフで教えて下さい。


就職してからは車での長時間通勤となり、移動中はラジオやポッドキャスト、オーディオブックを聞くようにしてできるだけ時間を有効活用するようにしています。

これから留学を目指す学生にひとことアドバイスをお願いします。

留学することで日本では会うことのないような、いろんな人に会うことができました。そんな人たちから影響を受けたことが、いわゆる「視野が広がった」と言われる体験なのかなと思います。損得は関係なく、人との出会いそのものが楽しいと思うなら留学はいいことなんじゃないですかね。

○ 武田さんにご質問がありましたら、カガクシャ・ネット宛にお気軽にご連絡ください。
○ 次回の更新は6月上旬を予定しております。お楽しみに!


著者略歴
 武田 祐史 (たけだ ゆうじ) 

 京都大学工学部物理工学科、同大学大学院工学研究科機械理工学専攻修士課程を経て、 2011年からタフツ大学医療工学科博士課程に在学し2016年に学位を取得。 
 ブリガム&ウィメンズ病院、ハーバードメディカルスクールにてリサーチフェローを務めた後、2017年からボストン郊外のバイオテックにて製剤設計の研究開発をおこなっている。
 カガクシャ・ネットのスタッフには2011年に志願。その後2015年からカガクシャ・ ネット5代目代表を務め、「理系大学院留学」の第三刷改訂分、「研究留学のすゝ め」第15章 大学院留学のすゝめ」を執筆。 

 インタビュー記事: https://theryugaku.jp/1669/ 
 武田個人ページ: https://sites.google.com/site/yujistakeda/

━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年4月29日日曜日

アメリカ大学院留学体験談:日本企業による派遣留学

今回は、アメリカの大学院に現在留学されている安田徹さんの留学体験談をご紹介します。日本の企業から派遣され、修士号の取得を目標に日々活躍されている安田さんに、留学の大要について綴っていただきました。

○ 留学の経緯について

2015年に「グローバル人材の育成及び繊維学習得」を目的とする国外留学の対象者として社内で選出されました。留学先がノースカロライナ州立大学(NCSU)であるのは、同校が弊社の業務と関係する繊維学の教育・研究が盛んなことと、弊社とかねてから交流のある信州大学繊維学部の教授の方から勧めて頂いたためです。2017年の春入学を目指し2016年に同校への出願を行い、入学許可を頂けたので2017年1月に入学させて頂きました。

安田さん(大学キャンパスにて)

○ 留学体験談

2016年は会社の業務と並行して留学準備(書類作成、試験)を進めましたので大変でした。特に2種類の試験(IELTS、GRE)の対策に苦心しました。受験した試験の成績の一部(IELTSのスピーキングセクション等)は大学の要求水準には満たなかったのですが、結果的に入学許可を頂けました。留学が始まってからしばらくの間は生活、学業ともに戸惑うことが多かったです。できる限りの準備をして渡米しましたが、当地に来て初めて知ることも多かったです。幸い先輩の日本人留学生の方にお会いできて様々なアドバイスを頂けたので助かりました。大学の授業の数は想像していたより少なく、講義の時間よりも課題や試験対策で自習に充てる時間が長いです。授業のレベルは難し過ぎず、英語の専門用語が身に付くのが良いと思いました。復習と課題、試験にしっかりと取り組むことで、十分な成績を得ることができています。言語に関しては、英文の読み書きは何とかなりましたが、英会話に苦労しています。オーラルコミュニケーションの重要性と必要性を痛感しました。

○ 今後留学される方へのアドバイス

留学準備には十分に時間をかけてできる限り多くの情報を収集すること、英会話に十分に慣れておくこと、現地で頼れる人を見つけること、などが重要だと思います。上手くいかないことや自分の思い通りにならないことがあっても気にし過ぎないことも必要な心構えだと思います。

○  次回は5月下旬の発行予定です。お楽しみに!
○  安田さんへのご質問は、カガクシャ・ネットまでどうぞ
○  カガクシャ・ネットでは随時読者の皆さまからのご質問やご感想、「こんな記事が読みたい」といったご要望をお待ちしております!


著者略歴

 安田 徹(やすだ とおる)

 1984年11月15日生まれ(神奈川県横須賀市出身 )
 2009年3月 東京大学農学部卒業
    4月 日本フエルト株式会社入社
    10月 同社技術第3部
 2010年10月 同社研究開発部
 2017年1月 ノースカロライナ州立大学(NCSU)大学院 College of Textiles 修士課程 入学
 2018年5月 同大学院卒業見込み

・入社1年目は、得意先の製紙会社を定期訪問し製紙用フェルトに関する技術サービスに従事。
・2年目より、研究開発部にて製紙用フェルトに関する研究や新製品開発に従事。
・これまでの海外への渡航経験は一度(2012年に中国の上海に出張)。
━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年2月26日月曜日

連載「日米両国のアカデミアでの就職体験談」(後):再びアメリカへ

大学院留学後の進路として多くの方が一度は考えるアカデミアでの就職。前回は日米両国のアカデミアでの就職経験をもつ石井聡さんに、アメリカでの博士号取得後~日本のアカデミアでの就職までの経緯について綴って頂きました。後半の今回は、再び渡米されることになった経緯についてご紹介いただきます。


北海道大学の助教として自由に研究できる環境にいた私ですが、ミネソタ大学でのAssistant Professorの公募を目にしてから、再びアメリカのアカデミアを目指すことにしました。それにはさまざまな理由があります。1つ目の理由は、募集要項と私の研究経歴がマッチしたことです。ミネソタ大学で農業由来の汚染を微生物&工学的アプローチ解決できる人を募集するとあったので、農学・微生物学・工学を学んできた私の経歴にぴったりだと思い応募しました。 

2つ目の理由は、新たな研究分野を開拓したかったことです。これは北大のポジションに応募したときもそうでしたが、自分をさらに成長させられる環境に身をおきたかったという理由です。さまざまな分野の研究者と共同研究を行うことによって自分自身の研究の幅をさらに広げたいという思いもありました。 

3つ目の理由として、アメリカは日本よりも研究費が潤沢というイメージもあったからです(これに関しては後述します)。 

ネガティブな理由としては、北大では准教授に昇進できる可能性が小さかったことが挙げられます。教授・准教授とも若く、准教授のポストが空く可能性はなかなかありませんでした。これに関しては応募の時点でわかっていたので、いずれは外に出なければいけないと考えていました。 

また、自分の成果が北大から正当に評価されていないと感じられることがありました。北大では助教は指導教員になれないため、私が研究指導した大学院生は、正式には教授が指導したことになります。論文もラストオーサーは常に教授でした。給料は博士号取得からの年数をベースに決められる計算式で、最初に給与明細をみたときは少なくてなにかの間違いではないかと人事部に問い合わせたほどでした。

いろいろな理由を挙げてみましたが、アメリカのアカデミアで自分がどれほどやっていけるのか試してみたかった、というのが、一番大きな理由かもしれません。日本のプロ野球選手がメジャーリーグでどこまで通用するか試してみたい、というのと同様です。 

アメリカ・アカデミアの採用プロセスは、日本のそれと比べてオープンな印象を受けました。アメリカ・アカデミアでは、書類選考から選ばれた候補者は、現地に呼ばれてインタビューされ、セミナーを行いますが、そのセミナーには選考委員だけでなく、他のファカルティ・大学院生・ポスドク等、誰でも参加できます。またセミナーの前後には、関連分野のファカルティと1対1でディスカッションをして、その候補者が同僚としてふさわしいか評価されます(候補者にとっては、その大学に共同研究をしやすいファカルティがいるかどうか判断することもできます)。また、大学院生やポスドクとランチミーティングをすることも多く、大学院生からも候補者は評価されます。これらのファカルティや大学院生・ポスドクからの候補者の評価は、数値化されて選考委員に送られ、最終判断が下されます。インタビューの旅費も全て大学が負担してくれます。私自身がインタビューをされたときもそうでしたし、私が関与した他の教員採用のときもそうでした。 

それに比べて、日本のアカデミアにおける採用プロセスは基本的にクローズドです。誰が申請しているのかは、選考委員以外は知ることはありません。誰にも知られたくないという申請者にとってはいいかもしれませんが、客観的な選考が行われているかは(実際に客観的だったとしても)外部にはわかりにくいと思います。インタビューも選考委員との面談がメインで、旅費が支給されることはほとんどないため、海外からの申請者には負担が大きいと思います。 

アメリカでは、卒業生が出身大学のファカルティになることは多くないのですが、私の場合は卒業後に複数の大学でポスドク・助教の経験を積んだことが評価されたようです。大学からジョブオファーを受けたあとは、スタートアップ研究費の金額やラボの広さ、着任日、授業免除の期間など、さまざまなことを交渉しました。 

こうして、私は2015年にミネソタ大学にAssistant Professorとして赴任しました。大学から期待されている環境浄化研究を進めつつ、医学系や工学系の研究者と共同で新たな研究テーマにも取り組んでいます。アメリカのAssistant ProfessorはPrincipal Investigator (PI)なので、ラボのマネジメントから学生指導にいたるまですべてに関して自分が責任を持ちます。これは大変なこともありますが、やりがいがあります。

北大では助教、ミネソタ大ではAssistantProfessor、日米両国で似たような立場を経験しましたが、両者の違いを実感することは多くありました。日本の助教は、大学や立場にもよりますが、授業の負担はあまり多くないと思います。しかしながら、アメリカのAssistantProfessorはFull Professorにかかるのと同等の教育負担があります。アメリカの大学生は熱心に勉強しますし、宿題や試験の数も量も多いので、その準備や採点はなかなか大変です。

研究費申請にかかる負担が大きいのも近年のアメリカのアカデミアの特徴でしょう。北大・助教時も科研費を含めて研究費申請書は数多く書いていましたが、執筆の分量はそれほど多くありません。アメリカの研究費申請書は数十ページに及ぶことが多いため、作成に多大な時間と労力を要します。それでいて採択率は数%程なので、十分な研究費を獲得するためには、一年中申請書を書かなくてはいけません。最近は論文執筆に割く時間を十分にとることができず、論文草稿やデータが溜まっています。

また、無事採択されたとしても、連邦政府からの研究費(National Science Foundation、National Institute of Health等)の場合、直接経費の半分以上(全体の3分の1以上)に相当する額を間接経費として大学に納めなければなりません(全体額=直接経費+間接経費)。直接経費からは自分の給料の一部(大学からは9ヶ月分の給与しか払われないので、残りの3ヶ月分は研究費から捻出)と大学院生の給料+授業料+保険料を払うので、実際に研究に使えるのは、申請金額の15%ほどになってしまいます。これだと消耗品と学会旅費だけで終わりで、研究機器を買うことはほぼ不可能です。日本の大学でも間接経費はありますが、アメリカに比べると少ない金額ですし、なにより大学院生に給料を払う必要はありません。金額でいうと、北大・助教時に獲得した研究費はそれほど多くありませんが、それでも機器を買ったり、十分な量の試薬を購入したりすることはできました。

このようにアメリカのアカデミアは、日本のアカデミアと比べると、大変なことが数多くありますが、その分やりがいも感じています。やりがいを支えているのは、自分の努力が正当に評価してもらえるという実感です。ここでは、教育にせよ、研究にせよ、自分の能力が試され、そしてフェアに評価されていると感じます。Assistant Professorの私は数年後にテニュア審査を控えています。テニュア審査では、当該教員がこれからもアメリカのアカデミアでやっていけるのか、投稿論文の数および質・研究費採択結果・指導した学生からの評価・授業の評価・アウトリーチ活動など、さまざまな角度から総合的に評価されます。私はまずはテニュア取得を目指して教育・研究に励んでいきます。

おわりに 
若手ファカルティにとって、日米アカデミアにはそれぞれに違った良い点があると思います。どちらがよいかは、大学や研究室、その人の性格によって異なるので一概には言えませんが、厳しい環境に身をおいて自分を成長させたい人はアメリカのアカデミアに挑戦してみるのもいいかもしれません。

○ 次回は3月下旬の発行予定です。お楽しみに! 
○ 石井さんにご質問がありましたら、カガクシャ・ネット宛にお気軽にご連絡ください。
○ カガクシャ・ネットでは随時読者の皆さまからのご質問やご感想、「こんな記事が読みたい」といったご要望をお待ちしております!

Image courtesy of Michal Jarmoluk at pixabay.com

著者略歴

  石井 聡(いしい さとし)

 2001年3月 東京大学にて学士号を取得。
 2003年8月 Iowa State UniversityにてM.S.取得。 
 2007年8月 University of Minnesota – Twin CitiesにてPh.D.を取得。 
    9月 東京大学大学院農学生命科学研究科にてポスドクおよび特任助教。 
 2011年4月 北海道大学大学院工学研究院にて助教。 
 2015年4月 University of Minnesota – Twin CitiesにてAssistant Professor。

 専門は環境微生物学。微生物を利用した環境浄化研究に従事。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

2018年1月28日日曜日

連載「日米両国のアカデミアでの就職体験談」(前):アメリカでのPh.D.取得~日本のアカデミアでの就職

今月から「アカデミアでの就職体験談」をテーマに、カガクシャネット・メルマガの新しい連載がはじまります。大学院留学後の進路として多くの方が一度は考えるアカデミアでの就職。今回の連載では、日米両国のアカデミアでの就職経験をもつ石井聡さんに、両国のアカデミア事情について対比的に語って頂きます。

前半の今回は「アメリカでのPh.D.取得~日本のアカデミアでの就職」です。


私はミネソタ大学でPh.D.を取得したのち、日本国内でポスドク、助教を経験したあと、 再びミネソタ大学に戻り、現在はAssistant Professorとして教育・研究に従事しています。アメリカ大学院留学→日本のアカデミア(ポスドク・助教)→アメリカのアカデミアというキャリアパスは、どちらかというと珍しいと思います。なぜ、こういうキャリアパスを経ることになったのか、また日米両国のアカデミアの 職場環境の違いなどについて私見を交えて紹介したいと思います。 

もともと日本のことが好きな私は、ゆくゆくは日本で研究職に就きたいと考えていました。学部卒業後すぐに渡米しましたが、アメリカでの大学院留学は武者修行のような感覚でした。Ph.D.取得にメドがついた頃に、幸運なことに日米両方からポスドクオファーをいただきましたが、研究内容および将来的なことを考え、日本に戻ることにしました。

ポスドクで所属したラボは、私が学部のときに卒論研究を行った研究室でしたが、 私が卒論時にお世話になった教授、准教授は退任・異動されていました。一時帰国の際や国際学会等を利用して、新しく着任された教授と意見交換しておいたのが、 ポスドクオファーにつながったのかもしれません 。ポスドクでは自由に研究をさせていただき、 新しいスキルを身につけることができました。また、国内の学会に参加・発表する機会に恵まれたので、日本の先生方とのネットワークを構築することができました。日本でもアメリカでも、アカデミアに就職する場合は、研究者とのネットワークは大切です。その分野で目立つ存在になることによって、応募書類に目を留めてもらいやすくなりますし、紹介してもらえるチャンスも増えると思います。

ポスドク生活を楽しみつつ、その後の身の振り方を考え始めたとき、北海道大学(北大)大学院工学研究院で環境微生物の助教を募集しているという公募をみつけたので、応募してみることにしました。私はもともと農学系ですが、工学部でも水処理等で環境微生物研究が盛んです。 多くのエキサイティングな 発見が工学系ラボから報告されていたので、私自身も工学系に移動して新たな分野を開拓したいと思いました。公募先の研究室の教授とは、学会でお話したことがありました。特にお声をかけていただいたわけではなく、分野違いの私が応募するとも思っていなかったようですが、無事採用していただけることになりました。

北大で助教として所属した研究室は講座制を取っていて、教授、准教授、助教(私)の3人の教員がいました。 それぞれに専門分野が若干異なるので、各自で自分の研究テーマを持ちつつも共同研究も行うという、講座制のメリットが生かされている研究室だったと思います。講座制での助教の立場は、研究室によって大きく異なると思います。私の場合は幸運なことに、自由に研究できる環境にありました。ときどき教授の研究テーマを手伝うこともありましたが、それにより研究の幅を広げられたので、いまから思えばよかったと思います。札幌も快適な街でとても気に入っていました。

そんな恵まれた環境にいた私ですが、再びアメリカのアカデミアを目指すことになります。 次回はその経緯および日米両国のアカデミアの職場環境の違いの詳細をご紹介します。

後半へ続く

Image courtesy of Sarah Pflug at burst.shopify.com

著者略歴

  石井 聡(いしい さとし)

 2001年3月 東京大学にて学士号を取得。
 2003年8月 Iowa State UniversityにてM.S.取得。 
 2007年8月 University of Minnesota – Twin CitiesにてPh.D.を取得。 
    9月 東京大学大学院農学生命科学研究科にてポスドクおよび特任助教。 
 2011年4月 北海道大学大学院工学研究院にて助教。 
 2015年4月 University of Minnesota – Twin CitiesにてAssistant Professor。

 専門は環境微生物学。微生物を利用した環境浄化研究に従事。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
カガクシャ・ネットワーク http://kagakusha.net/
(上記サイトでバックナンバー閲覧可)
発行責任者: 武田 祐史
編集責任者: 向日 勇介
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━