2013年10月26日土曜日

Make it great or not, the choice is yours

America Expo(9/21)で配布した冊子「カガクシャネット 海外実況中継」より


3. 「 Make it great or not, the choice is yours」 (P6 - 8)
(ウィスコンシン大学マディソン校・教育学・若菜友子)



はじめまして。私の名前は若菜友子と申します。高校まで日本に住み、英語も中学校で習い始めたような、どこにでもいそうなごく普通の学生です。家族に留学経験者はいませんし、留学を考えたのも高校3年生になってから、という感じでした。そんな私ですが、この夏でアメリカで勉強するのも早7年目に入ります。

学部課程はアメリカ・アーカンソー大学フェイエットビル校で心理学を専攻しました。入学当初は国際関係学専攻だったのですが3年生になるころに心理学に変えました。心理学に専攻を変えてからは、社会心理学を専門としている教授のもとでリサーチ・アシスタントを卒業までの2年弱務めました。2010年の8月から2011年の5月まで在籍したハーバード大学の教育学大学院では心理学と人間発達を専攻し、特に心理学的アプローチから第二言語教育と国際教育について勉強してきました。そこで出会った友人や先生方は驚くほど優しく努力家で高い志を持っており、これほどまでに自分のやる気を引き出してくれる環境が他にあるだろうかと感動したものです。その一方、アメリカで修士課程のプログラムというと2年のものが多い中、ここではそれが一年と密であったこと、またやはりそこはハーバードというだけあって、勉強は本当に大変でした。そして現在はと言いますと、2012年の8月より、ウィスコンシン大学マディソン校でカリキュラム&指導学部の博士課程に在籍しています。いわゆるパブリックアイビーのうちの一校で、いくつもの湖に囲まれたとても美しい街にあります。博士課程ではひきつづき第二言語習得と国際教育について研究し、最終的には日本でのカリキュラム作りに生かしたいと考えています。将来、第二言語教育と国際教育二つを、両方とも効率的に身につけられるような学習体験を学生に提供するための学校環境づくりのお手伝いをすることこそが、私の究極的な教育現場への貢献の仕方です。

文系学生としての学校生活

それでは、文系学生としての大学院生活についてお話ししていきたいと思います。学校によって異なる部分も多いと思いますので、参考程度に読んでくださると嬉しいです。

現在博士課程に在籍しているウィスコンシン大学マディソン校と修士課程で勉強したハーバード大学では、学校と学位の種類こそ違うものの、授業の進め方自体はとても似ていると感じています。ここでは、ハーバードにいたころの授業の様子を簡単にご紹介したいと思います。

修士プログラムでは「授業を取ること」がメインで、学生が個人で研究に取り組むようなことはありませんでした。また、博士課程の学生と違い、修士課程では授業料や生活費を賄えるTA(ティーチングアシスタント)やPA(プロジェクトアシスタント)といった仕事をもらえることも少ないので、そのぶん博士課程の学生よりも学期あたりの取る授業の数が多い傾向があります。ハーバードでの一年間、私は秋・春学期それぞれに4つずつ、年間で8つ、32単位の授業をとりました。ちなみに、理系の学生がラボ・研究室で実験・制作に取り組んだりする一方、文系の授業にはそういったものがなく、あくまでも授業は教室で文献を読んでのディスカッションというのがほとんどです。

大教室でのレクチャーと小さい教室でのセクションとに分かれた授業もあります。有名な先生の大人気授業では一クラスに180人くらい学生がいましたがこれはかなりまれなケースで、たいていの授業では20~30人といったサイズです。どの授業も主に先生が講義をし、学生はどちらかというとノートを取るのに集中する「レクチャー」と、クラスを10~15人程度のグループにわけて行う日本でいうとゼミのような形態の授業の「セクション」の組み合わせでできていました。セクションは、レクチャーの直後の場合もあれば、一週間のいろいろな曜日・時間帯に振り分けられて自分に都合のいいセクションにサインアップすることもできました。各授業で出される課題のリーディングはレクチャーよりもセクションで話し合ったり、内容確認することが多かったように思います。ちなみにわざわざレクチャーとセクションを分けていない授業では、その3時間の中でグループに分かれて話し合う機会が何度もありました(つまりディスカッションのない授業はないということですね)。各セクションではたいていの場合、以前その授業をとったことのある博士生がTAを務めていました。TAの責任は重く、ときには先生の代わりにペーパーを読み添削・採点をします。

授業は、2時間なら休憩なしのことが多かったです。3時間のレクチャーの場合には、2時間終わったところで5分強の休憩が入りました。雰囲気はとてもカジュアルで、コーヒーやジュースの持ち込みはもちろんOK。授業が始まる直前まで軽い食事を持ち込んで食べている人もいました。先生も、かなりの頻度で飲み物を片手に授業に来ていたと思います。中には、わざわざクラスのためにレクチャーやセクションにお菓子を持ってきてくれる先生やTAも!このあたりは、日本ではありえない話かもしれません。授業では、パワーポイントを使う先生が多かったです。ただ、先生によって、このファイルをインターネットに載せてくれる先生とそうしてくれない先生がいました(後者の場合は、授業中に必死でノートをとります)。ノートにペンで書くよりも、ノートパソコンを持ってきてノートをとる学生が多かったように思います。

実際のところ、どれくらいの英語力が必要?

私が学部時代をすごしたアーカンソー大学は、日本で言えばちょっと地方の国立大学といった位置づけでした。それでも、求められる英語力はかなり高かったと思います。そもそも、英語という外国語で先生・クラスメートの話を聞き、頭の中で翻訳する作業をせずにそのまま理解し、その反応を瞬時に英語でするのですから、日本語が母国語の私たちにとって最初はとても大変です。例えばリーディングでいうと、修士・博士課程では本を100ページ程度、専門論文を8~10以上(ひとつ20~30ページ)、一週間で読んでいます。ちなみに、このリーディングの量は学部課程のころの2倍以上で、アメリカ人にとっても読みこなすのが大変なボリュームです。週末も返上で勉強しなければならない理由のひとつがこれでした。授業時間以外での一日の勉強時間は、私の場合ですが、平均的にアーカンソーでは8時間くらい、ハーバードとウィスコンシンでは10時間以上です。課題の量と時間が比例しないのは、年数を重ねるにつれて要領よくこなせるようになっていったからだと思います。
さて、ペーパーですが、大学院ではかなりの量を書きます。参考までに学部課程と修士・博士課程を比較して書いてみると、一学期間では学部課程で3~5ページのペーパーを各授業2~3つ。期末だけちょっと長くて各授業5~8ページ程度。修士・博士課程では8~15ページのペーパーを各授業3~4つ。期末は各授業15~20ページ程度。ちなみに、ページはダブルスペースです。そして、一学期間に多くて4つ授業を取っているということをお忘れなく。そう、やはり大学院で書く文章の量はとても多いのです。もちろん、文章の中身もちゃんとみられます。文法ミスなど初歩的なミスはアウトです。もちろん、文系の大学院受験にはほぼ必須であるGREに出てくるような難しい単語を使いこなせればそれにこしたことはありません。ひとつ、確実にいえることは書くスピードは大事だということです。キーボードをみないでタイピングするという意味ではなく、いかに文章をはやく練り上げていけるか、という意味です。人によってライティングのステップは違うと思うので、自分にあった方法を見つけることが大事だと思います。

最後にスピーキングですが、これもまた表現するのが難しいですが、いうとすれば「言いたいことをいったん頭の中で文章を組み立てることなく言える英語力」が必要だと思います。授業中はどんどんと話が進んでいきます。ゆっくりしているとあっという間においていかれてしまうので、積極的に発言しようとすることが大切です。とはいえ、実のところ私も授業中に発言するのは得意ではありません。勢いにおされて発言するタイミングを逃すこともたまにあります。しかし、大切なのはそれでもちゃんと何かを言おうとしているという姿勢を見せることです。クラスメートも先生も、私たちが留学生であることを理解しています。いくらやる気があって留学しにきたとはいえ、まったくもってネイティブの学生と対等にディベートできなくても、それはわかってくれます。聞いているだけというのは一番よくないパターンです。頻繁でなくても発言していれば、先生が自分にわざと答えられそうな質問を振ってくれることもあります。

何を得たか
今日まで約6年間アメリカで勉強し、博士課程に在籍するまでになった私ですが、留学を通して得たもので一番嬉しく、大切に感じているのは、実は知識や卒業証書ではありません。ひとつは「視野」です。知らなかった歴史、考え方、人々の生活、言葉…様々な「新しいこと」が、新しい場所に住むたびに私の中に流れ込んできました。一度地球規模の視野を見つけてしまったら、もう元の小さな世界に生きる自分には戻れないのだと実感しています。日本では今日でも「集団主義」が重んじられる場面があり、規定の枠組みを外れたほかと異なる意見は嫌われることもありますが、それだけではいい方向に進化していくことはできません。進化するためには既存のものとは違う考え方を吹き入れていくことが大切だと思います。留学を通して開けた視野を養うことは、社会でそういった新しい風が必要とされるときに、必ず役に立つと私は思います。

そしてさらに貴重だなと感じているのが「人々との出会い、そしてつながり」です。今では世界45カ国以上に友人がいる私ですが、アメリカに行くまでは外国人の友達など一人もいませんでした。たくさんの国からやってくる留学生やアメリカ人の友人から毎日の生活の中で異文化を知ることができるのは、留学の醍醐味のひとつだと思います。印象に残っているのはハーバードで出会った友人たちです。勉強量が非常に多く、とてもハードな一年でしたから、彼らの存在は単なる「友達」というよりもむしろ「仲間」「戦友」「同志」という言葉で表すほうが的確でしょうか。本当は、入学するまでハーバード生というと怖そう(超勉強熱心でクールな感じ)なイメージがあり、受験して思いがけず合格した私が行くべきところではないのではないかと思っていたのです。しかし、そんな不安は完全に見当違いでした。みんな「普通」の人なのです。くだらないことで大笑いもするし、失敗もするし、恋愛もするし、スポーツにも夢中になるし、課題の提出日の前は憂鬱になります。留学中、「生まれ育った場所・母国語・習慣が違っても心を通じ合わせることができるのだ」という実感ほど、あたたかい感動を与えてくれたものはありません。卒業して学校を離れても、地球上の色々な場所に自分のことを思ってくれる友人がいるというのは、想像以上に素敵なものです。

修士・博士課程での留学を目指すのならば

学部課程を卒業後に海外、特にアメリカで修士・博士課程に進学することを考えていらっしゃる方に、経験者の立場からぜひアドバイスしたいことがあります。一つは、自分の歩んできた道に筋を一本通すことの大切さです。アメリカでは学部課程で勉強中に専攻を変えるのは難しくありません。現に、私も国際関係から心理学に変えた一人です。でも、そのあとに大学院に進学する意思が少しでもあるなら、何か一つ、自分の歩いてきた道筋にテーマと言えるべきものを持っているべきです。大学院受験の要の一つにStatement of Purposeというのがあり、これは自分の歴史と考えをアピールする場なのですが、これを書くときに過去の自分にまでさかのぼり、どうしてこれからこのプログラムで勉強したいのか、そして卒業後には何をしたいのか、を考える必要がでてきます。このエッセーを書き始めるときまでに、勉強以外のことでも授業に関することでも、自分の経験してきたことのエピソードの数々がどこかでつながっていて、それが今の自分を作り上げたのだということを言えるようにしておくことが大切です。私の場合、自分の留学生としての苦労・失敗談や、友達やライティングセンターの方々とのふとした会話などのエピソードをたくさん織り交ぜながら、それらがのちに英語教育と国際理解教育を学問として勉強したいと思うきっかけになったのだ、と主張しました。

また、「話題の引き出しが多い人」を目指して、学部課程に在籍している間にいろいろなことに積極的に取り組んでみてください。大学院に進学するような人の多くが、学部時代にstudent organizationでリーダーをしていたり、珍しいボランティア経験があったり、重要なプロジェクトを教授と研究した経験があったり、何かしら周りの多くの学生とは違う経歴をもっています。レベルの高い大学院であればあるほど、そういった変わった人材に興味を持つものです(なぜなら、多様なバックグラウンドを持つ学生をキャンパスに集めたいからです)。私も、student organizationを立ち上げその代表を務めたり(留学生としてアメリカ人の学生たちを引っ張るのは、予想通り、簡単ではありませんでした)、学部2年生の夏にイギリスのケンブリッジ大学にさらに留学したことなどを書きました。もちろん、学部課程と修士・博士のプログラムの分野が同じならば、学部時代に研究経験を積んでおくことはとても有利になると思います。私も幸い心理学の研究室でアシスタントをしていたので、研究のプロセスが似ている教育学という分野ではそれが大きなアピールになりました。

第三に、普段から困難だと思えることにも果敢に挑戦し、最後までそれをやりぬいてみてください。授業でAを取り続けることや、グループの代表を長期間務めること、ボランティアを続けること、スポーツや芸術の分野で腕を上げること・・・そういったことのすべてが、自分に自信をもたらしてくれるだけでなく、「努力できる」学生である、という証明になります。そしてその証明は、大学院を受験するときに最も強みになることの一つだと私は思います。なぜなら、受験生を選考する入試委員会の先生方は、大学院を卒業するには課題やプレッシャーに追われつつ最後にはそれに打ち勝つ力が必要不可欠だと知っているからです。そしてその戦いを制する一番の力こそ、努力家であることなのです。

そして、最後にもう一つ。自分自身の可能性を信じてください。一生懸命やっても自分には無理なんじゃないかと思ったり、どうせ叶うわけないと、はなから行動を起こさない人がたまにいますが、それが一番もったいないと思います。私は修士課程では言わずと知れたハーバード大学、博士課程では分野で全米一位のウィスコンシン大学マディソン校を受験しましたが、受験することを話したとき「まさかあなたがそんないい大学に合格できるの?」という反応をする人も周りにたくさんいました。でも、結局はやってみないとわからないのです。やれることはすべてやりきり、適当に頑張ったことなんて何もないと自信をもって言えるほど物事に全力で取り組み、そして自分の今までの人生とこれからやりたいことを見つめてその中に一筋の道を見つけることができたならば― 手が届かないと思っている修士・博士プログラムこそ、自分にふさわしい居場所になっているかもしれません。


最後に


海外の大学院に進学するということは、本当に大きな決断ですし時間面でも経済面でも「賭け」だと思います。たくさん努力をしてようやくつかんだ合格であり勉強できるチャンスだとわかっていても「本当にこれでいいんだろうか。本当にこの留学が自分のためになるんだろうか」と不安になることもあります。それでも海外で勉強することを選ぶのは、それをとおして世界が広がり、自分がさらに人間的に豊かになれることを、これまでアメリカで過ごしてきた日々が教えてくれたからです。あなたも、ぜひ留学に挑戦してみたことのない世界をのぞいてみませんか。将来あなたも留学することになったときには、お互い精一杯頑張りましょう!



著者略歴:若菜友子(わかなともこ)
2006年より米州立アーカンソー大学に進学。2年次には英国ケンブリッジ大学に留学し、2010年春に心理学をsumma cum laudeで卒業。同年8月より ハーバード大学教育学大学院の修士課程で心理学と人間発達を専攻し、第二言語教育と国際教育について心理学的アプローチから学ぶ。2012年秋からはウィスコンシン大学マディソン校でカリキュラム&指導学部の博士課程に在籍中。

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2013年10月23日水曜日

宇宙工学への憧れから

America Expo(9/21)で配布した冊子「カガクシャネット 海外実況中継」より


2. 「 宇宙工学への憧れから 」 (P4 - 5)


(アラバマ大学・航空宇宙工学・高橋大介)


留学を決断した理由

・宇宙工学への憧れ

私がアメリカ留学を決断した理由は、14歳の時に”今後人類は地球を離れ、火星に移り住む”というテレビ番組に感銘を受けたことです。その時から宇宙開発に携わるという強い思いが芽生え、宇宙開発で最先端の研究が行われているNASAがあるアメリカで航空宇宙工学を学ぼうと決意しました。
また、将来不可欠であると考えた英語を早い段階で習得できると思い、大学院からではなく、大学からの学位留学を決断しました。

・留学に対しての不安

「高校卒業後すぐ留学することに不安はなかったの?」などの質問を多々受けました。「全くありませんでした」というのが私の回答でした。自分の夢を追いかけて、アメリカで学びたいことを学べるなんて、これ以上幸せなことはありません。当時私の頭の中には”アメリカの大学・大学院卒業後、英語を流暢に話し、NASAで宇宙開発の仕事をしている自分”のイメージしかありませんでした。英語も生活も現地に行けばどうにかなるだろうと思っていたため、不安は全く感じませんでした。自分の夢を追いかけていた結果が、留学という行動に現れたのだと思います。

アメリカでの学生生活

・学業

私は大学付属の英語学校で、約9ヶ月間英語を勉強し、大学の授業を受講しましたが、大学の授業を受講し始めたころは、先生の説明や他の生徒の質問などが聞き取れないことが多々ありました。大学1年時に受講する数学や物理などは、既に日本の高校で学んだ内容であったため、内容は理解出来ましたが、経済学、美術、地理など理系以外の科目については授業についていくのに苦労しました。そのため、授業の予習・復習には膨大な時間を費やしました。しっかりと予習・復習を行い、授業に臨むことで、理解が少しずつ深まり、不安も解消されていきました。特に大変だったことは、数百ページある分厚いテキストを読み込むことでした。日本語であれば、それほど時間はかからないはずなのに、英語になると知らない単語が多く、一回分の予習が一苦労でした。

その時思ったことは、“アメリカ人と同じフィールドで勝負しようと決断したのは自分自身である。語学力が不足しているということは割り切り、アメリカ人の何倍も努力すれば、授業に問題なくついていけるはず。”その後は、予習・復習に時間はかかるものの、こつこつと予習・復習を繰り返すことで、授業での理解度も増しました。

大学の1,2年時には各自で課題をこなす事がほとんどですが、3,4年時にはグループで課題やプロジェクトを行うことが増えました。グループで課題に取り組むことで、メンバーの様々な意見や考え方、英語での自分の意見の伝え方、コニュニケーションの取り方など、非常に多くの事を学びました。特に、コンピュータープログラミングと航空力学実験の授業ではグループプロジェクトが多く、困難な課題が多かったため、メンバー皆で、問題解決という目標のために、考え、議論し、悩み、正解を導き出した時の嬉しさは印象的でした。

・勉強する環境

私が通っていたアラバマ大学の図書館は、分野別に5つの図書館があり、各種論文が豊富に取り揃えられており、たとえアラバマ大学の図書館に目的としている論文がなくても、他大学から借用できる仕組みが整えられていました。通常時は7:30~24:00、期末試験中は24時間開館しているため、勉強をするには非常に良い環境でした。

また、学科には24時間使用可能なコンピューター室が備えられており、授業の課題をはじめ、グループプロジェクトなど行う際に頻繁に活用しました。

先生方も生徒の質問に対し快く、丁寧に回答をしてくれ、各授業においては、先生がOffice Hourという生徒が質問できる時間を週に数時間設けています。先生によっては事務所のドアを開放している方もおり、質問をしやすい環境が整っていました。

学期ごとの最後の授業では、生徒が先生の評価を行うシステムがあり、生徒からのフィードバックが次回の授業に反映され、授業の質が向上するよう、大学側も務めています。

・研究

日本の大学の研究室は3年生からというのが基本になっているかと思いますが、アメリカの場合は自分次第で2年次から研究を始めることができます。私が研究室に配属になったのは、学部2年生の時でした。流体力学を受講している際に、当時の教授に勧められ、CFD(数値流体力学)という主にコンピュータシュミレーションを行う研究に1年間従事しました。そして、3年時には新任の教授のもとで、発光塗料を用いた圧力・温度・歪の検出方法の研究・開発を行いました。2年生という早い段階で研究を始め、一つでも多くの研究分野に触れることで、自分の興味がある研究分野を見つけることができ良かったと思います。早く行動したことで、研究分野を選択する際に、より有利な選択ができたと思います。

各研究分野で様々な学会があるため、研究発表の機会は豊富にあります。学生によっては3年生から発表する方もいます。私は大学4年時及び修士1年時にそれぞれ学会で研究を発表しました。4年時には学生部門の学会で、歪の検出方法について発表し、準優勝をしました。日々の地道な研究の積み重ねが、評価された瞬間でした。

私が所属していた研究室は、教授のもとに3名の大学院生しかおらず、規模の小さい研究室でした。(大学によっては1つの研究室に数十名の学生が所属している研究室もあります。)そのため、教授への質問・相談は頻繁に行うことができ、研究の方向性についても随時確認することができ、教授と密な関係を築くことができました。家族ぐるみでお付き合いをさせてもらい、今でも良好な関係が続いています。

・部活動

学業・研究以外の分野にも幅広く挑戦してみたいと思い、大学4年時にトライアスロン部に入部しました。高校でトライアスロンや陸上競技をやっていたわけでなかったため、一からのスタートです。朝の練習は6:00から水泳の練習、放課後はランニング・自転車の練習を行いました。トライアスロン部のメンバーは皆学業にも真剣に打ち込んでいたので、部活が忙しいから学業をおろそかにして良いという考えはありませんでした。逆に、皆学業で忙しい中、練習の時間を上手にとって試合でも結果を残すメンバーが多かったため、私自身、以前より忙しくなりましたが、時間の使い方が上手になりました。

なんといっても友達の輪が広がったことが良かったです。練習や試合中、お互いに声を掛け合い切磋琢磨し、遠征を通しチームとして行動するため、強い絆が生まれました。

・私生活-

充実した学業・研究・部活動に加え、私生活でも負けないくらい充実した楽しい学生生活を送ることができました。アメリカの学生はオン/オフの切り替えが上手なため日曜日の午後から金曜日までは学業に励み、週末はリラックスや思いっきり遊ぶという生活スタイルです。週末は友達と映画を見たり、ホームパーティに参加したり、大学のスポーツ観戦に活きました。特にフットボール部は、地元の根強い人気と、2010年、2012年に全米チャンピオンに輝いたという実績があり、ホームで試合があるときは、大学周辺がフットボール観戦者であふれ、通行止めになる道路もあるほどで、とてもにぎやかです。日本で言うならば、コンサートやライブからの帰りか、大きな花火大会に行ったかのような人ごみです。フットボールスタジアムは約10万人を収容でき、試合中はスタジアムが揺れているかのように感じられるほどの応援で、日本では経験できないほど熱狂的な応援を体感しました。

ハロウィン、クリスマス、ニューイヤーパーティーなど季節によって様々なパーティーがあり、日本にいては味わえない特別な経験をしました。

・奨学金

アメリカの大学には充実した奨学金制度があります。アメリカ人向け、アジア人向け、各専攻向けなど種類は様々で、日本人学生が応募できる奨学金も数件あります。私は学部時代に小額の奨学金を数件、大学院時代に授業料・生活費全てを賄ってもらえる奨学金を取得しました。その時に感じたことは、アメリカは将来、可能性のある学生に惜しみない投資をするということでした。結果には厳しいアメリカ社会ですが、結果さえ残せば、平等に評価してもらえ、機会を提供してくれるのです。返済不要の奨学金に恵まれたアメリカの大学では、学生時代の努力が、経済面でも報われることになります。

・ユニークな仕組み

アメリカの大学には様々なユニークな仕組みがあります。日本の大学は4年間で卒業、4年次に卒業研究というのが基本になっているかと思いますが、アメリカの場合は全て自分次第です。

まず、アメリカでの研究については、RA(Research Assistant)というポジションがあり、教授の判断で生徒を雇えるため、学生自らアピールすることで、2年時から研究に参加でき、3年時に研究発表できる機会があります。上記に述べたように、私は2年次から研究に関わらせてもらいました。

第2に、卒業までの期間です。アメリカの大学は卒業単位を取得すれば卒業が可能であるため、2年で卒業する学生もいれば、インターンシップをおりまぜ、5年で卒業する学生もいます。私は大学・大学院とアラバマ大学に通っており、学部4年時から学部の授業と並行し修士の授業を履修したため、学部卒業後1年間で修士課程を終了することができました。学部4年時に周りの学生より多く授業を取り、修士論文の準備をはじめなければならなく、学業・研究に追われる日々が続きましたが、その努力が報われ、修士課程を1年で終了することが出来ました。

また、インターンシップに参加し、授業で学んだことを、実践を通し活用する事ができます。その他には、必須科目でも十分に知識があれば、試験のみ受け、単位を取得できる仕組みもあります。以上のように、アメリカの大学では生徒の目標・努力次第でいかなる方向にも進むのです。

卒業後のキャリア

私は2008年に修士課程を終了し、現在は日本で航空機エンジンの製造/整備の仕事をしております。留学前の夢である”宇宙開発に携わる”業種ではありませんが、幸運にも、留学中に身につけた航空宇宙工学の専門知識及び英語を十分に活用できる環境で仕事をしています。様々な国の方々と接し培ったコニュニケーション能力や、何もかもが初めての経験の中で学んできた適応能力は、今後国境をまたいで仕事をする機会が増える中では、より活かされるでしょう。

今後留学を目指す方々へのメッセージ

2002年3月に渡米した際は、片言の英語しか話せず、スーパーでの買い物すら一苦労で、一日一日を生きていくことが日々の挑戦でした。そんな私が2007年に行われた学生部門の学会で研究発表を行い、準優勝し、2007年、2008年には全米大学トライアスロン選手権大会に大学代表とし出場することができました。ここで皆さんにお伝えしたいことは、人間やれば何でもできるということです。目標を持ち、努力をし続ければ、必ず報われ、実現します。

みなさんも一度きりの人生、夢に向かって挑戦しませんか。

“Try Hard, Work Hard, Believe Hard, then Dreams Come True” 6年半のアメリカでの留学生活が私に教えてくれたことです。


著者略歴:高橋大介 (たかはしだいすけ)
2002年3月に高校卒業後、渡米。米州立アラバマ大学(University of Alabama, Tuscaloosa) 付属の英語学校で 9ヶ月間の語学研修を経て、2003年1月にアラバマ大学に入学。専攻は航空宇宙工学。2007年5月にsumma cum laudeで卒業、翌年の5月に同専攻で修士課程 修了。研究内容は発光塗料を用いた非破壊検査の開発。2008年10月より、国内大手機械メーカーにて航空機エンジンの整備/開発の生産技術に従事。

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2013年10月9日水曜日

研究者へのステップとしての学部留学のススメ

America Expo(9/21)で配布した冊子「カガクシャネット 海外実況中継」より


1. 「 研究者へのステップとしての学部留学のススメ 」  (P1 - 3)

(オックスフォード大学・計算神経科学・江口晃浩)



「将来研究者を目指す人にとっての留学」と聞くと、海外の大学院へ学位取得を目的とする「学位留学」が一般的には想像され るのではないでしょうか。早くから留学を意識している学生であっても「留学は日本の大学を出てから」という常識に囚われて、「学部からの留学」という選択 肢には目も向けられさえしない場合が多いようです。それは、留学に関する情報を収集していても、「学部留学」と「学位留学」とは明確に区別されて語られる ことが殆どであるからでしょう。また仮にこの選択肢を考慮したとしても、日本の大学で十分な学部教育を受けられるにもかかわらず、あえて海外に出る必要性 が見えてこない、という方も多くいるのではないでしょうか。そこでここでは、「研究者へのステップとしての学部留学」という選択肢に焦点をあてて、学習環 境、専攻の自由度、英語力の習得に関するの大きなメリットについて紹介したいと思います。

1. 学ぶモチベーションを引き出す最高の環境がある

ア メリカの大学キャンパスで人と知り合った時、名前の次に聞かれることは、決まって「あなたは何を勉強していますか。」という質問です。これは、アメリカの 大学生の生活が、いかに学問を中心に回っているかということを示唆する分かりやすい一例ではないでしょうか。大学という場は高等教育を受ける学び舎である ことを考えればこれは何ら驚くべきことでもないのですが、日本の大学から交換留学で訪れる学生の多くはこの質問には戸惑うようです。しかしこの「大学=学 問の場」という共通認識こそが、学生に「勉学に励む」という空気を作らせ、努力する人を評価する仕組みを生み、そしてそれぞれが自分の可能性に挑戦するこ とのできる最高の環境を形成しているのです。

勉学に励むという空気

アメリカの大学キャンパス を歩いてみると、「まさにここは大学」という空気を容易に感じ取ることが出来るはずです。鞄が破れてしまうほどの重くて大きな教科書を何冊も背負ってキャ ンパスを行き交う学生たち。ノートパソコンを片手に小走りで教室に向かう学生たち。図書館に入れば山のように論文を積み上げて頭を抱えながら蛍光ペンを走 らせる学生たち。カフェテリアでは単語帳と睨めっこしながらハンバーガーを頬張る学生たち。彼らは「受験生」ではなければ、期末試験が迫って慌てて勉強に 取り組む学生でもありません。これがアメリカの普通の大学生活なのです。これは何もアメリカのトップの大学だけの話ではなく、国内で100位前後程度に評 価されている大学であればどこでも見られる一般的な光景なのです。

ソニーの創業者、盛田昭夫氏は、彼の著書「MADE IN JAPAN」の中でこう書いています。「日本の学生が大学では殆ど勉強しないというのは、我が国の悲しむべきジョークである。猛烈な勉強のあげく、いった ん目指す大学に入ると、若者達はもう人生のゴールに達したかのような気分になる。疲れ果てて、それ以上勉強する意志も残っていなければ必要も感じない。」 もちろんこのような環境にあってもしっかりとした目標を持って勉学に励む学生は沢山います。しかし、周りで多くの学生が「サークル」「飲み会」「バイト」 と大学生活を「謳歌」しているのを横目に、ひたむきに勉学に取り組むということは必ずしも容易なことではありません。そういう意味で、コミュニティ全体で 「勉学に励む」という空気のあるアメリカの大学は「勉強をしたい」人にとっては一つの良い選択肢になり得るのです。

努力する人を評価する仕組み

更 にアメリカでは、「頑張ること」に対するインセンティブがあらゆる方向から与えられます。例えば多くのアメリカの大学において、「オナーズプログラム」と いう「挑戦したい人」に対してより難易度の高いカリキュラムを用意する仕組みが存在します。それは主に、比較的入試の容易と言われる地方の州立大学等にお いて、優秀な学生や意欲の高い学生を正当に評価するために用意された仕組みと考えて良いでしょう。オナーズプログラムは一般学生の為のカリキュラムに様々 な課題を上乗せすることで、どんなレベルの学生にとっても大学生活が無駄になることの無い環境を与えます。そして、卒業時にはその成果に応じたLatin honorという称号が授与され、これは大学院進学や就職においても大きな意味を成すようになります。従って多くの学生はそれを目指して、自ら進んでこれ らの厳しい選択肢に挑戦するのです。

また「出る杭を打つ」という風潮のないアメリカの大学では、学生の成果に対して積極的な評価・表彰が 行われ、校内外に向けた広報にも力が注がれます。その対象は、校内で開催される学術的なコンテストでの受賞者から、学会で表彰された学生、奨学金やNSF 等からの研究費を獲得した学生、全国レベルの賞の受賞者など様々です。そしてこれらの成果は学校のウェブサイトや校内新聞などに限らず、地元のメディアで 紹介されることも珍しくはありません。例えば、学部を主席で卒業することが決定した時には「この成果を広報したいので、あなたの出身地の新聞社やテレビ局 の連絡先を教えて下さい」と連絡が来たほどに、彼らは一人一人の学生の成功を全体で祝福し応援していこうという体制を整えているのです。もちろん、そのよ うな文化に慣れない日本人にとっては「そんな事をされては恥ずかしくて仕方がない」と思うかもしれませんが、その広報を通じて久しく会っていなかった友達 や教授からメールを通じてお祝いの言葉などを貰うと、やはり温かい気持ちになって次の挑戦へのやる気が湧いてくるものなのです。

この様に アメリカの大学の「大学は勉強をする場だ」という学生間の共通認識は「学びたい」という意欲を持つ学生を容易かつ快適に勉学に専念させる環境を与え、オ ナーズプログラムの様な仕組みがそのやる気をしっかりと受け止める手段として用意されます。更に、その挑戦の成果を評価し広報していく仕組みも充実してい ることが、学生に頑張ることを促し、結果として将来研究者を目指す学生も重要な学問の基盤を形成することが可能となるのです。従って、研究者へのステップ としての学部留学は、考慮される価値のある選択肢の一つなのです。

2.本当に研究したい分野を見つけるための自由が専攻選択にある

学 部における専攻の概念は、日本とアメリカの大学を比較する際のとても大きな違いの一つです。例えば「将来脳科学者になりたい」という夢を持っている学生が いたとします。しかし「脳科学」というのは生理学、生物学、物理学、生化学、心理学、医学など様々な分野を包括する学問を指します。従って、その学生は日 本の大学に進学するのであれば、出願の時点で彼・彼女の限られた知識から重要な専攻の決断を迫られることになるのです。一つの学問を究めるということだけ に目をやればこれは確かに利点となりますが、「この分野の研究に身を投じたい」というような研究者にとって非常に重要な動機の探求の機会を奪いかねないと いう側面もあります。こういう視点で考えると、アメリカの大学における入学時の専攻選択は日本におけるそれと比べて非常に柔軟なものです。アメリカの大学 では、学生は専攻を容易に変更することが出来、またダブルメジャーやダブルディグリーの修得を目指すという選択肢も与えられます。従って、まだ自分の本当 の興味が定かで無い学生、複数の分野に及ぶ興味を持つ学生にとっては、アメリカの学部留学はとても大きなメリットが有ると言えます。

容易な専攻の変更

ア メリカの多くの大学において、入試は大学に入れるか入れないかを決めるものであって、日本のように特定の大学の特定の専攻を受験するという形式は取られま せん。従って入学時に登録した専攻は「大学でこれを学びたい」という意思表明程度の意味合いしか持ちません。ですから専攻を変更する為に特別な試験を受け る必要はなく、書類提出のみで容易に専攻を変更することが可能な場合がほとんどです。また、自分の専攻として申請している分野以外からの単位履修も可能で ある場合が多く、途中で専攻を変えることを決意してもその申告のタイミングにはかなりの自由がききます。

また、アメリカの大学の教育のシ ステムを見てみると、カリキュラムの前半はどの専攻においても、数学、英作文、歴史、政治、物理、化学などの一般教養クラスの履修が求められるため、その 期間に専攻を変えたとしても卒業時期への影響は最小限に抑えられます。従って学生は最初の1年目や2年目に興味のあるいくつかの専攻の入門コースを履修し 感触を得てから、最終的に本当に興味のある専攻を選択することも可能なのです。この様に、入学の時点ではまだはっきりと自分のやりたいことが見えてない学 生にとっては、この仕組みはとても良い熟考の機会を与えてくれるのです。

ダブルメジャーとダブルディグリー

更 には、interdisciplinaryとよばれる異なる学問分野にまたがる領域が華やかな今、専門領域の合間に様々なチャンスや面白みが眠っていま す。そういった領域にアプローチをする方法として、アメリカの大学では前述した柔軟な専攻選びに加えて、複数の分野を同時に専攻するダブルメジャーや、複 数の学位の同時修得を目指すダブルディグリーなどという選択肢も与えられます。アメリカの大学の学位は主にBachelor of Science (BS)とBachelor of Arts(BA)の二種類に分けられます。日本語ではそれぞれ理学士・文学士と訳されることが多いのですが、これは日本で言う理系・文系の区切と言うより は、B.S.を「自然が作った物や法則に関する学問」(例:物理・化学・数学)、B.A.を「人間が作った物や規則に関する学問」(例:法律・歴史・政 治)との区別と考えるほうが適切です。従って、例えば生物学や心理学は多くの大学でB.S.とB.A.の両方の学位が選択肢として与えられますが、 B.S.の場合は「自然現象の探求の手法としての学問」であるのに対し、B.A.の場合は「それによって体系化された分野の知識を学ぶ事に焦点が当てられ た学問」となるわけです。

ダブルメジャーとダブルディグリーの難しさの違いは、修得必須単位数にあります。例えば、コンピュータ工学 (B.S.)と電気工学(B.S.)のダブルメジャーを例として考えた場合、プログラミングや電気回路などの多くの単位が2つの専攻で重複するため比較的 修得必須単位数の増加を抑えることができます。しかし一方で、数学(B.S.)と歴史(B.A.)のダブルディグリーなどを例にあげると、一般教養課程以 外に重複する単位が全く存在しないために、卒業のために相当多くの単位を履修する必要性が出てくるわけです。しかしこれは同時に、その覚悟さえあればどん な専攻であってもいくつでも自由に専攻することが許されているというアメリカの学部課程の柔軟性を示しているのです。

アメリカの学部留学 という選択肢は、学生に様々な分野を体験するという機会を与え、本当に自分がやりたいものを明確にする手段を与えてくれます。初めに選んだ専攻に縛られる 必要はなく、また必要とあらば複数の専攻で学ぶことも可能にし、更には学位を超えた全く異なる複数の専攻で学ぶことさえも、全てが自分次第なのです。アメ リカの学部留学を経験し、こういう過程を経て自分で分野を選択するということは、将来研究者として活躍するための強い武器となるのでしょう。

3. 英語を大学生活を通して学べる

日 本人にとって海外留学の一つの大きな障壁となっているのは英語です。アメリカの大学に進学するためには、留学生は英語能力の証明のために基本的に TOEFLのスコア提出を求められます。大学院受験においては、更に難易度の高い英単語の試験を含むGREのスコアの提出も求められます。大学院生活が始 まると、毎日気の遠くなるような英語の論文の山と対峙することとなり、研究発表や論文執筆においても高い英語のスキルが求められるようになります。これら のことを考えた場合、学部留学で学術的な英語に十分慣れ親しんでおくことは、大学院受験や、進学後の研究過程において大きな強みとなります。

入試における英語試験

学 部留学をする際においても、英語能力の証明のためにTOEFLのスコアの提出が求められます。しかしそのスコアは、大学院受験において求められるものより も全体的に低く設定されている傾向があります。更にGREは大学院受験のための試験であるため、学部留学を目指す人に求められる英語力は学位留学を目指す 人に求められるそれと比べて格段に低いものとなります。加えて多くの大学の学部課程においては、付属の語学学校のカリキュラムを優秀な成績で修了すること でTOEFLのスコアが足りなくても入学を認められる仕組みも用意されています。従って学部留学の場合、留学のために国内で「英語」という科目を自分の専 門分野とは別個に集中的に勉強する必要性は比較的少ないのです。

また、アメリカの学部課程を修了することで、殆どの大学院の入試において 英語能力証明のための試験のスコアが免除されることとなります。GREに出てくる単語は日常会話では出てこないような難易度の高いような物が多くあります が、アメリカの大学で数年英語漬けになっている学生にとってみればその勉強の効率の良さにアドバンテージがあります。更に、アメリカの大学院進学において は推薦状がとても重要視されるのですが、その推薦状を教員にお願いする際には、多くの日本人教員と違い「留学先ではどの教員も英語を流暢に使いこなせる」 ということは大きな利点となります。自分と良い関係を保っている教員であれば誰もが喜んで引き受けてくれるため、出願先に応じて最適な教員に立派な推薦状 をお願いすることがとても容易になるのです。従って、学部留学をすることは、将来の学位留学を考慮した上においても優位に働く可能性があるのです。

英語コミュニケーション力・読解力

そ して学位留学をスムーズに進めるためにも、将来研究者になって世界で認められるためにも欠くことが出来ない能力は、英文を読む能力や書く能力、プレゼン テーションで伝える能力や会食でのコミュニケーション能力など、「ツールとしての英語力」です。これらの能力は、一部の卓越した語学力を持つ人々を除け ば、ひたすら経験を積むことで漸く身につけられるものです。アメリカの学部における一般教養課程の中には、英作文、コミュニケーション、プレゼンテーショ ンなどというものが含まれます。日本語と英語とでは良いとされる文章の構成も、良いとされるスピーチの構成も大きく異なってくるため、これらの授業で教え られる知識や経験は英語力の基盤を築くためのとても貴重なものとなります。学部の段階から留学をし、アメリカの学部生と一緒になってそれらの基礎を学び始 めるということは、将来彼らと同じ土台に立つ為にはとても有益なことでしょう。

更にアメリカの授業では、授業内のディスカッションや、論 文執筆課題が重視されます。授業中に発言を求められて答えられない場合や、わかりづらい論文しか書けなければ容赦なく成績は削られていきます。一方で教授 はその度に的確なフィードバックを学生に与えるために、彼ら彼女らはその経験を通じて学んでいきます。このように学生に常に危機感を持たせ学ばせること が、彼ら彼女らの自分の意見をまとめて発言したり文章にする能力を鍛えていくのです。そして、これは留学生にとっては「ツールとしての英語力」向上のため には格好の練習の場となるのです。このような経験は、彼ら彼女らが後に研究者としてのキャリアを積んでいくための強固な土台に成りうるのです。

こ れらのことが示唆することは、「自分は英語できないから留学なんて出来ない」と感じている人ほど、学部留学をする価値があるという事です。研究者に必要と なる英語は、言語学としての英語ではなくツールとしての英語です。そしてその習得のためには、学部留学は一つの価値のある選択肢と成りうるのです。学部入 試に求められる英語力は大学院入試に求められるそれと比べて容易なことと、学部生活を通じて固められ得る英語力の基盤を考慮した場合、学部留学は効率的に 研究者へのステップアップを目指すための一つの有効な方法でしょう。

「何故研究者を目指したいのか。」そう聞かれたら、あなたはどう答え るでしょうか。「勉強することが好きだから?」「本当に好きな事を探求したいから?」「世界で認められる人になりたいから?」アメリカの大学への学部留学 は、「大学は勉強をする場」という共通認識を持つ多くの学生に囲まれて、心ゆくまで勉強をできるというとてもよい環境を与えます。そして、大学の自由な専 攻の仕組みは、様々な専攻分野を経験することを可能にし、ダブルメジャーやダブルディグリーを通じて見地を広げ本当に興味のある分野を探求することを可能 にします。更に、学部課程のカリキュラムを通して身につけられる「ツールとしての英語力」は、将来研究者として世界中の人々と堂々と意見を交わし合うこと に必要な能力の基盤を築くことになります。一般的に「学部留学」と「学位留学」とは全くの別枠として語られますが、研究者を目指す学位留学のステップとし ての「学部留学」という手段もあるということをこの文章を通じて伝えることができたのであれば幸いです。


著者略歴:江口晃浩(えぐちあきひろ)
豊田高専情報工学科在籍時にAFSを通じてオレゴン州の高校で一年間の交換留学を経験。帰国後高専を三年次課程修了時に中退し、2008年秋より米州立アーカンソー大学(フェイエットビル校)に進学。2011年春にコンピュータ・サイエンス(B.S.)を、2012年春に心理学(B.A.)を、共にsumma cum laudeで卒業。2013年 秋より英国オックスフォード大学大学院で計算神経科学の研究で博士号過程に在籍中。ブログ「オックスフォードな日々

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